「……最期、何を言おうとしたんだ?」
雨音が煩く響く、静まり返ったがらんどうの部屋の中。覚悟していたはずなのに、体温を失っていく彼女を抱いて、涙が溢れる。
あの時俺を飼えないと泣きじゃくった彼女も、こんなに無力な気持ちだったのだろうか。
「……俺は、命の終わりにあんたと居られて、幸せだった。それを伝えたくて……死神になったんだよ、雨」
優しい心を持ちながら、ずっとひとりぼっちだった少女。彼女の孤独に寄り添いたいと願ったのに、既に弱っていた野良猫の身では、叶えられぬまま彼女の心に傷を残してしまった。その贖罪と、せめて同じだけのぬくもりを返したいと思って、天国行きを蹴って死神となった。
そうして念願叶って、死ぬ間際の一週間正体を隠して傍に居たのに、どうにも貰いすぎてしまったように思う。この最後の日々は、俺にとってもこれまでで一番、幸せだった。
「冷たい雨も、孤独な夜も……二人で居れば、幸せだろう」
本当は殺したくなかった。正体を明かして、ずっと好きだったと伝えたかった。孤独なんかじゃないと、教えたかった。
涙に熱く痛む喉の奥まで言葉が出掛かって、それでも、言いたくても言えなかった。
だって俺は、彼女を殺すために来た死神なのだ。そんなの、言える訳がない。
愛する人を手に掛けた後悔と、この部屋に居るだけで思い返される穏やかな時間。部屋の中なのに、見下ろした彼女の白い顔に、雨が降る。
「来世、約束したからな……その次も、何度だって、あんたの人生は優しい愛に包まれるべきだと伝えるから……」
彼女はきっと、天国行きだ。次の人生では、もっと幸せに生きて、そして大往生して欲しい。一週間で見切れない程の幸せが詰まった走馬灯を、共に眺めたい。その満ち足りた一生の最期の七日間だけ、傍に居させて欲しい。
窓の外の暗い雨空にそんな幸せな未来を思い描いて、俺達の七日間は終わりを迎えた。
「今はゆっくりおやすみ、雨……またな」
雨の日には必ず、あの平凡で平坦で、けれど幸せだった束の間の日々を思い出す。何度でも、この長い夜のような果ての見えない暗闇の先に、いつか約束が果たされるその時まで。
伝えられなかった言葉を胸に、止み時をなくした想いの雨は、これからもずっと、降り続けるのだろう。