王の座を継承する時に親父達に突然告げられた。

「これから妖狐達を束ねる王となるお前の運命の番になる者は美しい瑠璃色の瞳を持つ乙女だ。神々や精霊やあやかしに愛された証を持つ人間の少女」

運命の番。つまり俺の伴侶になる奴のことを予言するようなことを教えてくれたのだ。
妖狐の王となり統治することは生まれる前から決まっていたことだし、ガキの頃からずっと教えられてきた。
先代の王である親父とそんな親父を支えてきたお袋の背中を見て育ったお陰で王になることに抵抗はなかった。
遂に王の座を継承される時に突然告げられたその言葉には少し驚かされた。
しかも運命の番は同じ妖狐の女ではなく人間の女。
瑠璃色の目を持った人間の女が俺の伴侶になると告げられたのだ。しかも精霊の加護を受けている。
顔もどんな性格かも知らない巫女のような存在の奴が俺の番いになるなんて思いもしなかった。
けれど何故か悪い気はしなかった。なんとなくそんな気がしていたから。

凌眞(りょうま)。一度夢の中で会うといい。妖狐のお前なら容易くできる筈だ」
「怖がらない?」
「大丈夫よ。彼女ならどんな姿でも受け入れてくれる」

俺はゆっくりと目を閉じ、運命の番に選ばれた乙女の夢の中へと潜る。
どんな人なのだろうと期待を込めながら夢の中を漂うのだった。





これは、瑠璃色の瞳をもって生まれた私が最強の妖狐の王に見染められた話。
私は生まれつき他のみんなとは違う瞳を持って生を受けた。
当然、周りの人間からは恐れられ、家族からは疎まれた。
尚且つ、高い霊力を持って生まれてきてしまったことが仇となり、霊力をほぼ持たなかったの美咲に激しい嫉妬を向けられ酷く虐められた。
気に入らないことがあればすぐに殴るし、嘘をついて私に罪をなすりつけ罰せられる私を嘲笑った。
家族として認められず使用人として働かされている。上司や同僚も美咲達の仲間ばかりで友達なんかいない。一緒になって私を虐げてくる。
でも、悪いことばかりではない。
私には精霊が見えている。この子達は私の唯一の味方だ。

「藤乃?大丈夫?アイツらまた藤乃のこと殴った!」
「許せない!!」
「吹き飛ばしていい?」

理不尽な理由で殴られた私をいつも慰めてくれる。美咲達にお仕置きしてやると言ってもくれる。
けれど、そんなことで可愛いこの子達をあの人達のせいで汚したくない。だからいつも私の為に怒ってくれる精霊達を宥める。
精霊達曰く、この子達が見えるのはこの瑠璃色の瞳のお陰だという。
この瞳は高い霊力を持ち精霊達から守護の加護を受けた証だそうだ。
私がこうやって生きているのも彼らのお陰。両親に何度も殺されかけたけれどこうして生き延びている。

「もう少ししたら妖狐の王様が君を迎えに来るよ」
「妖狐の王様が?どうして?」
「それはまだ秘密。王様からまだ言わないでくれ!って言われてるから話せないの」
「でも、あの愚か者共にも伝わっちゃうかも」
「どうして…」

すると、ドタドタと忙しない足音が聞こえてきた。きっと、女中の一人だろう。
両親と美咲達がいる居間の戸を開けて驚いた様子で何かを告げ始めた。

「た、た、たいへんです!!旦那様!!奥様!!!これを!!!」

私は精霊達と共にその様子を影から見守る。
女中は手紙のような物をお父様に渡していた。

「な…七枷家の当主様が是非娘の一人を嫁に迎えたいと…!!なんて名誉なことだ…!!」
「あの妖狐の一族の王様が美咲を?!!」
「そんな私が…七枷家の花嫁に…?」
「当たり前じゃない!あんな気色の悪い目を持ったあの子を選ぶわけないわ。貴女が花嫁になるのよ!!」

相変わらず私を蔑み、美咲を上げてあたかも彼女が名家の七枷家の当主の妻になると確信している。
私にはどうでもいいことだ。彼女達の思惑通りになるだろうと想像できてしまっているからだ。
どうやら手紙には続きがあり、迎えに来るのは次の満月の晩。つまり5日後に妖狐の王が美咲か私を迎えに来るらしい。
精霊達は私が妖狐の王の妻に選ばれたと言っているがきっと違う。
こんなに奇妙な色の目を持つ私を選ぶわけがない。幾ら相手が妖狐だとしても同じように扱われるに違いない。
どうして私だけこんな色の目で生まれてきてしまったのだろう。何度も何度もそう思って泣いた。
精霊達がいなかったらきっと自ら死を選んでいたに違いない。

(妖狐の王様ってどんな人だろう?せめて一眼だけ見れれば充分だわ)

美咲のような綺麗な着物も美しい肌でもないボロボロの私を選ぶはずがない。でも、ほんの少しでもいいから彼の姿を見たい。
私はその思いを秘めながら仕事へ戻った。


その日の晩に私はとても不思議な夢を見た。
綺麗な真っ赤な紅葉が舞う美しい庭園で素敵なだいだい色の着物を着て誰かを待っている夢。
幾ら夢の中とはいえ、こんなに立派な着物を着るなんて初めてだったから戸惑ってしまう。
私は気を紛らわす為に舞い散った紅葉を拾い上げ指でくるくると茎の部分を回した。
すると、1匹の白い狐がゆっくりと私に近づいて来た。

「貴方は…」
「アンタが親父達が言っていた瑠璃色の瞳の乙女か」
「え…」

白い狐は興味津々に私の周りをぐるぐる回る。私はどうしたらいいのか分からずじっとしているしかなかった。
すると、精霊の一人が私に話しかけてきた。


「大丈夫だよ。この妖狐くんは藤乃を守ってくれる人だよ」
「どうゆうこと?」
「5日後の妖狐の王様が来たら分かるよ。それまで内緒!!」

精霊はそう言って再び姿を消してしまった。肝心なところを教えてくれなかった。

「もう少ししたらアンタを迎えに行く。それまで待っていてくれ。必ずアンタを見つけるから」
「待って!!貴方は…」
「5日後にまた会おう。それまでこいつを持っていてくれ」

そう言って白い狐が赤い数珠の腕輪だった。

「すごく綺麗…」
「目を覚ましたら身に付けてくれ。コレはお前を守る為の御守りでもあり、お前を見つける為の印だ。そろそろ時間だ」
「どうしても名前はまだ教えてくれないの?」
「次に会う時の楽しみにしとけ」

意地悪そうにニヤリと笑った白い狐の顔を見た途端、眩い光が視界を遮る。
そして、目を覚ますと私の手の中にあの赤い数珠の腕輪が握られていた。私は驚きつつもあの白い狐に言われた通りその腕輪を身に付けた。
肌がボロボロの私には似合わない。でも、悪い気はしなかった。

(美咲からこれだけは守り切らなきゃ)

私はそっと数珠に手を触れて5日後の再会を思いを寄せ、妖狐の王様がくる日に夢の中の彼の正体がようやく分かると心躍らせながらいつものように仕事をこなすのであった。