また将生とケンカをしてしまった。理由は、忘れた。付き合い始めておおよそ二年。ここ最近はお互い忙しくて、あまりコミュニケーションが取れていなかった。きっとそのせいだと思う。まあ、いつも通り仲直りできるだろうと気楽に考えている。
 そんなことを考えながら歩いていると私の目の前で突如、閃光と爆風が起きた。衝撃で吹き飛ばされた私は草むらに倒れる。前方に目を向けると煙。その向こうには火花を散らす謎の機械。その中から一人の女性が外装を蹴り破って現れた。辺りを見回す女性。見た目的におそらく、私と同年代の二十代くらいだろうか。やがて私の方に女性の目が向けられた。彼女が私の方に近づいてくる。
「おか……、岡本ひかりさんですか!?」
「え、なんで私の名前知ってるの?」
「その説明は後です! 急がないとあなたの恋人の将生さんが死んでしまうんです!」
 どういうこと。彼女はどうして初対面の私を知っているの? 将生が死んでしまうってどういうこと?

 女性は私の疑問に気づいているのか、私の手を握ってきた。
「とにかく、私についてきてください! 説明は移動しながらするので……」
 訳も分からずに私は彼女に連れられて歩き出した。彼女は急いでいるように見える。私は状況がわからないなりに彼女にいろいろと聞いてみることにした。
「ねえ、あなたの名前は何?」
 彼女は、少し間を置いてから答えてくれた。
「私は、柴田ミライっていいます」
「あなたはどこから来たの? あなたが乗ってきたあの装置は何?」
「私は未来から来ました。あれはタイムマシンです」
「はぁ、未来から……」
 何かのテレビか動画配信のドッキリだろうか。ミライと名乗った女性は話を続ける。
「私はあなたの未来を変えたくてここまで来たのです。それはあなたの未来を知っているから……」
「どういうことよ」

「あなたは今日、恋人の将生さんを事故で失ってしまうんです。証拠はこれです」
 ミライさんは手首のブレスレットから画像を出した。画像は宙に浮いていてこれが現代の代物ではないことはすぐに理解できた。それから、画像を見る。それはニュースサイトのスクリーンショットらしかった。日付は明日になっている記事だ。そこには、「大通りで事故、大学生一人死亡」という見出しがついている。彼女が私の目に合わせて記事をスクロールしてくれる。記事によると、あと一時間後に事故は起こり、車を運転していた工藤将生さんが……、え。
「このままだと、こうなります。それから何年か経ってあなたは別の男性と結婚して子供を産みます。私から見て幸せな家庭でした。ですが、やはりあなたは今日のことをずっと後悔していました。あんなことになるんだったら、なんでケンカなんかしたんだろうって。ケンカせずにあそこで彼と話し続けてればよかったって」
「……あなたは、それを知っていたから、事故が起きる今日までタイムトラベルしてきたと」
「そうです」
 私は何も言えなくなった。事故はこの後本当に起きるんだという説得力、実感が伝わってきてどうしたらいいのかわからない。

 何も言えずに歩いているとミライさんは急に苦しみだした。その場で私たちの歩みが止まる。彼女は言う。
「私にはあまり時間が残されていません。生まれつきの病が進行してしまって……。私にできることは残り少ない。だから、私のことをずっと見守ってくれた未来のあなたのために、今のあなたを助けたいんです」
 どうやら、未来での私は彼女の恩人らしい。彼女は命を賭して恩人である私を助けようとしてくれている。私は彼女のためにも、未来の自分が後悔しないためにも、将生の命を助けたい。
「あなたが私と将生を助けようとしてくれているのはよくわかった。どうしたらいい」
「……簡単です。将生さんを午後二時半まで足止めして、車を運転させないことです。それなら、確実に未来を変えられます」
 時計を見ると今は午後一時半。あと、一時間。一刻も早く将生に会わないと。
「将生は今、どこにいるかわかる?」
「おそらくですが、自宅にいるかと。さっき彼のスマートフォンの位置情報を調べたらそこだったので」
「わかった。行ってみよう」

 午後二時。私たちは彼の自宅の前へと到着した。彼は実家暮らしだった。ガレージのシャッターは開いていて、中には彼がよく乗っている車が置いてあった。
「まだ家にいるみたい」
「よかった」
 ミライさんは少し安心したようだった。
「では、ここからはあなた一人で行ってください。私がケンカしてるカップルの間に入っていっても仕方ないので」
 彼女は少し茶目っ気のある言い方をして、私を促してくれた。
「ふふ、そうさせてもらうね。ありがとう」
「……はい」
 そう言ったミライさんは、なぜか少し涙ぐんでいた。

 私は玄関の方に向き直ってインターホンを鳴らした。不機嫌そうな将生が玄関の向こうから現れた。
「ひかり……」
「将生、さっきはごめん! 言い過ぎた!」
 私は早速、頭を下げて謝った。
「お、おお……、俺も言い過ぎたと思ってる。まあ、ここで話すのもあれだから中入れよ」
「わかった」
 私は彼の家の中に入った。あと三十分、彼を家から出さないようにしないと。

 リビングに通された私はひとまずソファーに座る。将生は紙パックの紅茶をコップに注いでいる。
「冷静になって考えたら、俺たちさっきはなんであんなにケンカしたんだろうな」
 将生が言う。
「そうね……、私もなんでああなったのか忘れちゃった」
「だよな。でも、言えるのは俺たちここ最近忙しくて時間が取れてなかったから、さっきは言いたいことが溜まり過ぎてああなったのかもなって、俺は思うよ」
「その通りね。私たち、お互いに対して何も言わなくても伝わると思って甘えていたのかも」
「ああ、そうだな」
 私たちは何となく笑いあった。彼がコップに注いだ紅茶を渡してくれる。
「ねえ、私たちずっと一緒だよ。将生が先に死んじゃったら、私、いやだよ」
「どうした急に、俺すぐに死ぬ予定ないぞ」
 どうしてだろう、彼のその言葉を聞いて私は急に涙が出てきた。
「……それ、本当にしてよね」
 彼は何も言わずに私を抱きしめてくれた。それから、私たちは時間を忘れるくらい抱きしめ合っていたと思う。

 私が泣き止むと彼は私を離した。
「大丈夫だよ。絶対に」
「……うん」
 潤んだ目で壁に掛けられている時計を見ると時刻は二時四十五分だった。私は外で待っているであろうミライさんのことを思い出した。
「あ、ミライさん!」
 私は慌てて玄関を開けた。だが、目の前にミライさんはいなかった。
「どうした?」
 将生が遅れて玄関前にやってくる。
「さっき、私と一緒に来た友達がいてさ。でも、もう帰ったみたい……」
「そうか……」

 ここでふと、ミライさんが最初に言いかけた言葉をなんとなく思い出した。

「おか……、岡本ひかりさんですか!」

 あの時、彼女はなんで、おか、と言いかけたのだろう。少し考えてみると、それに対する一つの仮説が浮かんだ。それで私は急に彼女が何者だったのかを理解した。
「ああ、そうだったのね」
「どうした?」
「……なんでもないよ」

 ミライさんは、彼女は、未来からやってきた私の娘だったのだ。私と私の本来の夫の間に生まれた彼女は、私が将生と無事に結ばれるであろう時間線に切り替わったことで、存在そのものが無くなってしまったのだろう。彼女は、命どころか、存在そのものすらも私のために賭してくれたんだ。
 私のために存在を懸けてくれた彼女に言い尽くせない感謝の念が込み上げた。
「ありがとう」
 時間が彼女の存在を忘れても、私は彼女を決して忘れない。そう誓うことにした。
 空は清々しい快晴だった。


 将生の命が助かってからそれなりの年月が経った。彼と結婚し、順風満帆な人生の中で、ついに子供が生まれた。元気な女の子だ。私はあの時、私たちを助けてくれた彼女に想いを馳せて、娘に未来と名付けた。