「まあ、まだ締め切りまでには時間があるし、ゆっくり決めればいいと思うよ」

 結局何も借りずに、あとにした図書館。
 手ぶらな俺に笑顔を見せるのは、ニューヨークの本を小脇に抱える颯馬だ。

 煌々と照りつける西陽のせいで、やたらと眩しいその笑顔。眩しすぎるから、目を細める。

「そうだな。ゆっくり考えてみるわ」
「うん」
「颯馬はもう、ニューヨークで決定?」
「まあ、今のところは」
「そっか……」

 丁寧に丁寧に、時間をかけて描き、入魂の作にしたいのに、絵画の題名すら迷う俺は、スタートの段階で出遅れた。

「じゃあまた明日な、咲也」

 点滅する、信号機。
 横断歩道を駆け足で渡り終えた颯馬が、向こう岸で振り返る。

 幼馴染の俺等が別れるのは、いつもここ。
 もう高校三年生だっていうのにもかかわらず、颯馬は未だ無邪気に手なんか振ってくるものだから、恥ずかしくて少し困る。

「おー、またな」

 手のひらだけをさくっと見せた俺は、颯馬に背を向け家路を行く。

 何の気なしに。本当に、軽い気持ちで一度だけ振り向いてみると、そこにはまだ、あいつの眩しい笑顔があった。

「じゃあな、咲也。お前の絵、楽しみにしてるよ」