翌日の火曜。
 毎週この曜日は、顧問の都合により美術部の活動がない日だ。

「なにこれ」
「椅子」
「それは見ればわかるけど……」
「いいからほら、早く座ってよ。咲也のために特等席用意したんだから」

 放課後の俺を屋上へと連れ出した颯馬は、誰もいない広々とした空間に一脚のコンパクトチェアを置くと、そこに座れと要求してきた。

 戸惑いつつも、従う俺。
 天井なき頭上には、澄んだ青空が悠々と広がっている。

「これスケッチブック。あとイーゼルね。咲也がちっちゃい頃から好きなオレンジジュースも持ってきたから」

 言いながら、イーゼルにスケッチブックをセットする颯馬。
 (だいだい)色のペットボトルは、椅子の傍へと置かれた。

「それとはい、色鉛筆」

 そして最後に見せられたものは、七十二色入りの色鉛筆だった。
 小学生の時、使い切る度に両親にねだって購入してもらっていた、お気に入りのやつ。

 ん、と手渡され、思わず受け取る。
 
 そういえば、俺を真似た颯馬もよくこれを買っていたっけ。

 懐かしい缶ケースに図らず見惚れ、その視線を颯馬に移すと。

「空描いてよ、咲也。大好きな空を、思いっきり自由にさ」

 と、(まじろ)ぎもしない瞳と目が合って、束の間金縛りにでもあったように硬直した。

 他人からの評価や賞。それ等を一切意識せずに描ける大好きな絵。

 自分で封印していた空の絵を描きたいと一瞬でも思ってしまえば、喉元に生産されたのは生唾だった。
 その唾をごくっと飲んで、真一文字に口を結んで。

 俺は色鉛筆の青を持った。