おいふざけんな、と喉まで出かかった。どの客と間違えてるんだよ、と。

 慌てて周囲を見渡せば、ちらほらいる客と目が合った。中には若い女性もいて、頬を赤らめた彼女は獣か何かを見るような目で俺を見ていた。
 視線を店員に戻す。

「おい」
「はい!」
「俺、そんなん借りに来たんじゃないから」
「え!そうなんですか!?てっきり濃厚△△△シリーズ専門のあの常連様かと!」
「ちょ、声でけえっ」

 店内を懐かしむ暇もなく、俺は急いで店外へ。すると先ほど消し去ったはずのあの白線が、またもや伸びていた。

「……は?」

 固まる俺。背中を叩かれて振り向くと、そこには仁王立ちの小太り店員。

「あららら!これは困っちゃいますねお客様!しっかり消してもらわないと!」
「な、なんで俺がやんだよっ。俺が描いたんじゃねえぞこれ」
「いーえ!わたしはこの目で見てましたよ!デッキブラシを持ったあなた様が、白線を掃除しながらこの道を進んで来たのを!だからこれも、あなた様が消さなければいけない線なのです!」

 声の大きさは相変わらずで、彼は衆目を集めることに長けている。犬の散歩をしている人やら駐車場にいる人やらの視線がグサグサと全身に突き刺さった俺は居た堪れず、再度手を動かす羽目(はめ)になる。

「ああもう、わかったよ!掃除すりゃあいいんだろ、掃除すりゃあ!」

 ゴシゴシと足元で音を立てながら、再び進む大通り。新たに出現したこの白線は、俺をどこへ(いざな)うつもりか。