「げ、やっば……」

 バケツに入っていた満杯の水を蹴ってしまったのは俺。そしてその傍で寝ていた大型犬にそれがかかって、そいつを怒らせたのも俺。

「お、おい落ち着けって。わざとじゃねえんだから……」

 ガルルと牙を剥いた大型犬は前足にグッと力を込めて立ち上がると、血走る双眸で俺を睨む。逃げる暇も与えられずに、思いきり飛びかかってきた。

「いってえ!」

 脹脛(ふくらはぎ)を噛まれた俺は、持っていた傘とデッキブラシで思わず抵抗、そいつの頭をバチンと叩いた。すると甲高い悲鳴を上げた大型犬、キャインと鳴きながら去って行く。
 短い戦闘だったけれど、とりあえずは俺が勝利した。腰が抜けてヘナヘナと、その場に座り込む。

「なんでこんな道端に、バケツが置いてあんだよも〜……」

 角を曲がってすぐのところ、堂々置かれていたポリバケツ。トラップにも思えたそれを暫し見つめていると、再び頭へ降りてくるのは遠い日の記憶。

 これも昔にあったことだ……バケツの水をひっくり返して犬に噛まれて、確か俺、大泣きしたんだ……