命からがらザックは森の奥まで逃げ切った。ゼーゼーと負傷しながらの逃走は相当な体力の消費だった。

「はぁ、ここまで来たなら大丈夫だ」
 回復をしたい、だがそれには養分=心の弱い人間、を食べることが必須だ。
 日頃の食事だけでは補えない、ザックにとっての命の養分だ。

「さっきのやつは絶対美味しかったろうに。不幸に不幸が重なってジューシー。それが俺の好みなんだよな。はぁ、そうじゃなくても養分さえあればまたあいつらと戦えるのだが……いたたた」
 相当傷が深いようだ。ザックはうずくまる。

「あのぉ」
 いきなり声をかけられたザック。振り返って誰も来られなさそうな森の奥で声をかけてきたのか確かめた。

 そこにはお腹の大きな20代後半くらいのボブヘアの女性が立っていた。いかにもウォーキング中、という格好である。

「大丈夫?」
「なにがだ!」
 と口を開けて大きな声でザックが喋っても女は驚かない。

「お前は怖くないのか? そしてなんでこんなところにいる!」
 詰め寄るとさすがに女は驚いて後ろに身を引く。手で大きなお腹を庇う。

「散歩よ。こないだの定期検診でお医者さんに歩きなさい、10000歩よ! って言われて歩いてたらここまで歩いちゃった」
「妊婦か……」
「そう、見た通り」
 女は微笑む。

「にしても一人で……こんな時間にだぞ。しかも暗い……」
 女はライトは持ってはいるが女一人で歩くのにはどう考えてもおかしいシチュエーションだ。その時女は顔を曇らせた。

「あ、そのね……仕事も忙しいからこんな時間になったの」

「にしても一人でだぞ。仕事もそんな大きなお腹でできるのか? 夫は?!」
 なぜか心配するザック。すると女は目線を下に逸らす。

「夫は私の女友達に唆されて蒸発しちゃった」
「唆された?! 蒸発?!」
 そのキーワードに過敏に反応するザック。

「ちょっと、静かな森だとより一層響くわ」
「すまん、つい……」

 女は涙を流した。
「大切な親友が夫を奪うだなんて。でもこのお腹の子供は大好きな夫との子供だから守っていかなきゃ」
 ふとザックは話を聞いてニヤニヤとしてしまう。さっきの唆された、蒸発というキーワードにも過敏に反応したのも女の深い悲しみ……自分の養分だ、と。

 しかしなぜか躊躇してしまう。女のお腹の中には子供が……と。だがそこで躊躇してはダメだ、という葛藤がザックの中で起きている。
「ううっ」
 傷はまだ痛む。
「もう、ほんとーに、大丈夫?」
 女は心配する。
「大丈夫、これくらい……うっ!」
 傷は化膿し始めていた。
「ほら、見せなさい! その傷」
 腕を掴まれたザック。怪我をしたところだ。

「……こんな怪我をして、すぐ消毒しないと」
 ザックは今が一番食べるにはいいチャンスだとさらに近づく。が。

 女が手を当てたところがいきなり光り、ザックは怯んだ。
「な、なんだ! 傷が治ってる!」
「少し深かったけど大丈夫……」
「ヒーラーか?! お前は」
 女は笑った。

「ヒーラー? わたしは菜穂子。ただ絆創膏貼っただけ」
 絆創膏? と言われてザックが傷口を見るとテープみたいなものが傷口を塞いでいた。

「お、お前は! こんな俺が怖くないのか? 手当てしてるうちに喰ってたかもしれんぞ!!」
 と大きな声を出すザック。だが菜穂子は怯まない。

「あら、襲おうとしたの? いやんなっちゃう」
 とあしらわれた。

「弟が特撮が好きでこういう怪人の写真や映像は見慣れてるから怖くないわ」
「特撮ぅ? なんじゃそりゃ。……まぁいいとしてその弟や、他の家族は?」
 するとまた菜穂子は悲しそうな顔をする。

「……弟も他の家族も5年前に事故で死んだわ」
 それを聞いたザックはより深い悲しみに養分が濃いものだと確信し、よだれが出る。

「私にはもう、親友と夫しかいなかった……なのに……」
 しかし涙を拭って菜穂子は目をキリッとさせた。

「でも私、弱ってる場合じゃないわ! この子を守らなきゃ!」
 ザックはこのまま悲しんでいてほしいと思ったが、話を聞いているうちにいたたまれなくなってしまったようである。彼もよだれを拭いた。
 そして自分の傷口を治してくれたお礼をしたくなった。今までこんな優しくされたことがなかったから尚更である。

「その、この……お礼をしたい」
 少し口籠もりながらザックが言うと菜穂子は笑った。

「お礼だなんて、別に大したこと……うっ!」
 菜穂子は急にかがみ込んだ。ザックは心配する。
「どうしたっ!」
「陣痛が……赤ちゃんが産まれてくる……」
「そりゃここまで歩いてたからだろ! 病院は?」
「どうしよ、まだ出産予定日まで二ヶ月……うっ!」
 ザックは初めての事態に困惑する。まさかこの力を使ったからか? といまだにザックは菜穂子をヒーラーと思っている。すると菜穂子が見つめている。

「今、お願いしていいかしら?」
「へっ?! も、も、も、もちろん!」
「私を病院に連れていって! うううっ」
 菜穂子は倒れ込んだ。ザックは抱えた。

「病院だな! わかった、行くぞ!」
「れいわグリーンフラワーベビー病院よ!」
「わかった! 長ったらしー名前だな!」
「でしょ、ここら辺にあった助産院が医者不足で合併して……。多分ここから三十分! 地図はここよ」
 と菜穂子はスマートフォンを渡すが地図の見方がわからないザックの頭の中ではダッシュでは間に合わないと推測した。
 テレポーテーションであれば間に合うのだが、それをするのに養分を要する。せっかく治してもらったのに……とザックは思ったのだが菜穂子が苦しんでいる。
 それを見たら迷っている場合でないと察した。
「よし、捕まってろ!」
「へ?」
「テレポーテーション!!!」