初めての舞台から1週間後、私は次の舞台の衣装の調整をしていた。こういうのは得意だ。服のほつれを直したり、ウィッグを触りながら、そういえば自分の髪も伸びたなぁと考えたりしていた。
お披露目の舞台の後、「このままミュージカル部を続けるの?」と聞かれると思っていた。私が教授に勧誘された理由が「お披露目の舞台の部員がいない」だったし。
だけど、みんなの反応は「お疲れ様!次はオーディションの役も狙ってみたら?」だった。呆気に取られる私をよそに部員たちは「次の舞台は〇〇だから…」「じゃあ、今回とはイメージ変えてもいいかもね〜」なんて話している。終わってすぐ次の話…舞台馬鹿が過ぎる。そう思いながら私も次の話に混ざりにいった。
衣装のほつれを縫いながら部員と話す。
幸助先輩と同期の先輩が
「そういや、俺は卒業ギリギリまで部活に出るけど、幸助は早めに引退だよなぁ。単位は取れてるし、卒論も出来てるから早めに上京するって言ってたし。卒業式だけ一旦戻ってくるんだよなー。あと1週間くらい?」
と言った。
「え…っ!!!」
驚いたせいで手元が狂い、針で指を刺す。咄嗟に布から手を離すと、ぷくりと自分の指から血がでた。
「えっ?鈴鹿さん、怪我しちゃった⁈大丈夫⁈」
バタバタと先輩たちが絆創膏を持ってきてくれる。ズキンズキンと痛む感覚がどんどん早く、大きくなっていく感じがした。
「今日、一緒に帰れませんか?」
幸助先輩の引退の日、私は早めに部室にきて、そう言った。幸助先輩は少し驚いた顔をしてたけど、いつもの笑顔で「いいよ。一緒に帰ろう。」と言った。稽古が終わり、引退の日だったので、色んな人と挨拶をしている幸助先輩を少し遠くから見て、待っていた。
「引退だから声かけてくれた?」
帰り道、幸助先輩は聞いてきた。
「そう、ですね…」
「部活、楽しい?」
「楽しいです。自分が変わったような気がして。」
「多分、元々の紫苑ちゃんが戻ってきたんじゃないかな?うちに入る前、何か悩んでたように見えたし。特にお披露目舞台が終わってからスッキリしたように見えるよ。」
「そうかも。」
お互い少し笑った。
「上京のこと、言えてなくてごめんね。」
「いや、もう自分の舞台のことでいっぱいいっぱいで…」
上京のことを言わなかったのは、9月の舞台まで私の集中を切らさないためかな、と思った。聞けないけれど。
「上京してさ、事務所に入って本格的にミュージカルやろうと思ってて。3年生になるころに教授にすすめられてはいたんだよね。」
「そうだったんですね。」
確かに幸助先輩は素人から見ても部活の中で飛び抜けて上手い。なんというか、人の目を惹きつける雰囲気がある人だ。
「幸助先輩ならすぐに有名になっちゃいそう。」
色んな意味で遠くに行ってしまう幸助先輩を想像して、少し寂しくなった。
「そうなれたらいいんだけど。そんなに自信もないんだ。それに他の部員にもギリギリの報告になっちゃって申し訳ないや。」
幸助先輩は困ったように笑った。その困ったような顔を見ると、寂しい気持ちより、応援をしたくなった。
「ね、幸助先輩、見てください。」
「え?」
幸助先輩の目の前に立つ。そして、先輩と初めて練習したダンスを踊る。何度も練習したダンスは自分のために考えられたかのように身体に馴染んでいた。一通り踊り終わる。そして、一言。
「あなたのチャンスを応援したいの。」
私は弱いから、自分の言葉じゃなくて舞台の台詞を言った。私の1番大切なシーンから勇気を借りる。本当に応援したいという気持ちを込めて。声が少し震えた。目頭が熱い。少し下を向く。泣いちゃだめだ。培った演技力を発揮しろ、私。「台詞じゃん。」って幸助先輩が笑ってくれるように。なんでもない風に演じて。
「………」
返事がないので不思議に思い、少し顔を上げると私の身体が勝手に動いた。勢いよく、抱きしめられたようだ。急に動いたので、私の目に溜まっていた涙が、ポロッと落ちていくのが頬を伝う温かさで分かった。
「好きだよ。」
そう言った幸助先輩の声は少し震えていた。
お披露目の舞台の後、「このままミュージカル部を続けるの?」と聞かれると思っていた。私が教授に勧誘された理由が「お披露目の舞台の部員がいない」だったし。
だけど、みんなの反応は「お疲れ様!次はオーディションの役も狙ってみたら?」だった。呆気に取られる私をよそに部員たちは「次の舞台は〇〇だから…」「じゃあ、今回とはイメージ変えてもいいかもね〜」なんて話している。終わってすぐ次の話…舞台馬鹿が過ぎる。そう思いながら私も次の話に混ざりにいった。
衣装のほつれを縫いながら部員と話す。
幸助先輩と同期の先輩が
「そういや、俺は卒業ギリギリまで部活に出るけど、幸助は早めに引退だよなぁ。単位は取れてるし、卒論も出来てるから早めに上京するって言ってたし。卒業式だけ一旦戻ってくるんだよなー。あと1週間くらい?」
と言った。
「え…っ!!!」
驚いたせいで手元が狂い、針で指を刺す。咄嗟に布から手を離すと、ぷくりと自分の指から血がでた。
「えっ?鈴鹿さん、怪我しちゃった⁈大丈夫⁈」
バタバタと先輩たちが絆創膏を持ってきてくれる。ズキンズキンと痛む感覚がどんどん早く、大きくなっていく感じがした。
「今日、一緒に帰れませんか?」
幸助先輩の引退の日、私は早めに部室にきて、そう言った。幸助先輩は少し驚いた顔をしてたけど、いつもの笑顔で「いいよ。一緒に帰ろう。」と言った。稽古が終わり、引退の日だったので、色んな人と挨拶をしている幸助先輩を少し遠くから見て、待っていた。
「引退だから声かけてくれた?」
帰り道、幸助先輩は聞いてきた。
「そう、ですね…」
「部活、楽しい?」
「楽しいです。自分が変わったような気がして。」
「多分、元々の紫苑ちゃんが戻ってきたんじゃないかな?うちに入る前、何か悩んでたように見えたし。特にお披露目舞台が終わってからスッキリしたように見えるよ。」
「そうかも。」
お互い少し笑った。
「上京のこと、言えてなくてごめんね。」
「いや、もう自分の舞台のことでいっぱいいっぱいで…」
上京のことを言わなかったのは、9月の舞台まで私の集中を切らさないためかな、と思った。聞けないけれど。
「上京してさ、事務所に入って本格的にミュージカルやろうと思ってて。3年生になるころに教授にすすめられてはいたんだよね。」
「そうだったんですね。」
確かに幸助先輩は素人から見ても部活の中で飛び抜けて上手い。なんというか、人の目を惹きつける雰囲気がある人だ。
「幸助先輩ならすぐに有名になっちゃいそう。」
色んな意味で遠くに行ってしまう幸助先輩を想像して、少し寂しくなった。
「そうなれたらいいんだけど。そんなに自信もないんだ。それに他の部員にもギリギリの報告になっちゃって申し訳ないや。」
幸助先輩は困ったように笑った。その困ったような顔を見ると、寂しい気持ちより、応援をしたくなった。
「ね、幸助先輩、見てください。」
「え?」
幸助先輩の目の前に立つ。そして、先輩と初めて練習したダンスを踊る。何度も練習したダンスは自分のために考えられたかのように身体に馴染んでいた。一通り踊り終わる。そして、一言。
「あなたのチャンスを応援したいの。」
私は弱いから、自分の言葉じゃなくて舞台の台詞を言った。私の1番大切なシーンから勇気を借りる。本当に応援したいという気持ちを込めて。声が少し震えた。目頭が熱い。少し下を向く。泣いちゃだめだ。培った演技力を発揮しろ、私。「台詞じゃん。」って幸助先輩が笑ってくれるように。なんでもない風に演じて。
「………」
返事がないので不思議に思い、少し顔を上げると私の身体が勝手に動いた。勢いよく、抱きしめられたようだ。急に動いたので、私の目に溜まっていた涙が、ポロッと落ちていくのが頬を伝う温かさで分かった。
「好きだよ。」
そう言った幸助先輩の声は少し震えていた。