当日、幕が上がった。
舞台に立った。流れるように、怒涛の勢いで進むストーリー。でも、ちゃんと追えている。台詞が自然と出てくる。それなのにどこに立ってるかも分からないくらいクラクラする。照明が眩しい。歌を歌い、ダンスを踊る。身体が覚えている。台詞を掛け合う相手の目に吸い込まれそうなくらい引き寄せられる。

『主人公は親友を置いて一人で夢を追いかけること、好きな彼と離れることに不安を感じる。』

次は私の一番大切なシーンだ。主人公を元気づけるため、初めて主人公と踊ったダンスを踊る。踊った後に一言。「あなたのチャンスを応援したいの。」その言葉に私の気持ちの全てをのせる。ストーリーは主人公の約1年をイメージしたもの。それを2時間ほどでやり切る。まるで走馬灯だ。ストーリーを駆け抜けた後のカーテンコールは練習よりも何倍も深くお辞儀をした。

無事、終わった。私の4ヶ月はあっという間に終わり、人生のどの部分より色濃く感じた。

公演後、まだ忙しないステージ裏で裏方を担当していた1人に
「鈴鹿さんを探してる人がいて、呼んできてほしいって言われたので行ってきてもらっていいですか?」
と言われた。心当たりがないので特徴だけ聞いて会場に向かう。
背の高いストライプの服を着た男性…どこだろう?キョロキョロしながら会場内を歩くとそれらしき人の後ろ姿を見つけた。誰なのか分からない。
「すみません。私が鈴鹿ですが…」
「遅いじゃん。久しぶり。」
振り返った人物は誰よりも見たくない顔だった。

高校のとき好きだった人、筑波くんだ。『あの言葉』を思い出すことは多かったけど、名前を思い出したのは久しぶりだ。

「何かな?」
顔が引き攣っている気がする。さっきまであんなに表情管理が出来ていたのに。舞台に立っていたときとは違う緊張感。心臓からバクバクと音が聞こえる。
「何?なんか警戒してる?たまたま友達と他の大学の文化祭行こうぜ〜って、ここに来て、ミュージカルとかあるんだ〜ってみたらさ、鈴鹿でさ。美人になったなって。」
「どうも。」
なんだか、嫌な感じだ。にやにや笑いながら話してくるので、冷たく返す。
「冷たいじゃん。俺のこと好きだったのに?俺、今の鈴鹿なら全然あり。このあと、文化祭、案内してよ。連絡先も教えて。」
「嫌。スマホ持ってきてないし。」
「携帯番号くらい覚えてるでしょ。教えてくれるまで離さない。」
無理矢理、手を握られる。もう好きでもないし、気持ち悪い。嫌な汗をじんわりかく。どうすればいいのか分からなくなって泣きそうになったとき

「お客様、ご観劇ありがとうございます。キャストに直接感想を言うのではなく、公演後に配らせていただいたアンケートにお願いします。」
と幸助先輩が、私と筑波くんの間に入ってきてくれた。
突然話しかけられて驚いたのか、筑波くんの手が離れる。幸助先輩は、そのまま私を後ろに庇うようにして筑波くんに向かう。
「は?知り合いだったから、話しかけてただけなんだけど。」
筑波くんは少し怒った口調で幸助先輩に返す。
「すみません。公演後はそれぞれまだ役割があるため、話せないんです。鈴鹿さん、衣装の片付け行ってくれるかな?」
「あ…はい、分かりました!」
嘘ではない。まだみんな舞台の片付けが残っている。私は軽くお辞儀だけしてその場を去った。あんなに嫌な気持ちになったのに、幸助先輩がすぐに駆けつけてくれたということが嬉しかった。