双子座が泣くように、流れ星が流れた。
幾度も流れる流星は私の心を表すように、空から零れ落ち続けている。
今頃、彼はどんな顔をしているんだろう。
私はじっと屋上で星を見上げながら、美桜の帰りを待った。
酷なお願いをしてしまった。罪悪感が胸に残る。
彼を裏切る形をとってしまった。恨まれたって私が決めた答えだから、後悔はない。彼が夢を叶えてくれたら、未来の私だって納得してくれるはずだ。

また流れ星が流れる。

「今日は双子座流星群だ···」
その声に、私はハッと驚いて振り返る。
寂しそうな顔で、逞斗が立っていた。
「なんで···?なんでいるの?美桜は···」
「ほんとに瓜二つだな。俺じゃなきゃ気が付かない」
「来ないで···聞いたでしょ。私達、別れよって」
「あぁ、全部聞いた」
「もう、逞斗君のこと好きじゃない···だから帰って」
「それって、本心?それとも?」
ゆっくり近ずいてくる逞斗はそっと空を指さす。
「冬の大三角は獲物を狩りに行ったオリオンと一緒にいる二匹の犬で出来てる。まだ天の川を渡れない子犬を置いて、オリオンは出発する。ほら、その星を結ぶと冬の大三角だ。僕がオリオンなら、夢を叶えるために君を···いや。置いては行けないよ。君と一緒に天の川を渡りたいと願うだろう。だけど夢は叶えるよ。約束したんだ。知ってるだろ?僕は欲張りだ」
私はゆっくりと距離をとる。
「私はあなたの足枷になりたくないの。分かってよ···」
「きっと君と一緒にいても夢は叶えられる」
「嫌だ。いやだ、嫌だ!帰って」
「咲良、聞いてくれ···」
「来ないでよ···」
私は必死に手をバタバタと動かし距離をとる。逃げ場を探してキョロキョロと辺りを見渡す。

「咲良!」
影から見守っていたのか、突然に美桜がギュッと私を抱きしめる。私は怒りを抑えきれずそんな美桜を両手で突き放した。
「美桜···なんで連れてきたのよ。なんで別れてきてくれなかったのよ。私の事、なんでわかってくれないの···」
「わかるよ。わかるから彼を連れてきた。これが咲良の為だと思って」
「嘘よ。美桜は何も分かってない。私の何を知ってるのよ。勝手にわかったフリして···」
「何も知らなかったよ。咲良のこと。だけど気持ちはわかる。だからちゃんと彼と話しなよ」
「もう好きじゃないの···だからほっといて。美桜には関係ない。逞斗くんも帰ってよ」
「だって、それ···本心じゃないでしょ?もう我慢しないでよ。私もいるから。気持ちに嘘つかないでよ。大好きなんでしょ?彼なら大丈夫よ。きっと夢を叶えてくれる。咲良の負担にならないから。信じてあげて?」
「信じてるからよ。好きだからよ。好きだから苦しいの。この好きな気持ちだって忘れていくのよ。好きなのに···大好きなのに」
咲良は堰を切ったように泣き出した。
「ワガママ言っていいんだよ。咲良も我儘でいい。ずっと我慢させてごめんね」

「忘れたくないよ···怖い。大好きな人を忘れるのが。一緒にいたいよ···ずっと」

泣きわめく私の頭にそっと手を置いた逞斗は「咲良、俺は君を忘れない。絶対に」と優しく言う。

「私もだよ。咲良。ずっと咲良の左側にいるわ」と、美桜は私の背中を優しく撫でた。

3人で大泣した夜。
冬空の下の屋上で、3つの星が小さな三角を作った。やがて来る運命の川を3人で渡れるように。

ねぇ、美桜。
私は感謝してるよ。ありがとう。
いつか忘れてしまう運命かもしれないけど。
私は今日をしっかり胸に刻むから。

─咲良。あの日を覚えてる?私は流れ星に願ったんだ。あなたの幸せだけをただ願ったの。


10年後。

私は目覚ましより早く起きる癖がついた。
自分でテレビを点けると、キャスターが笑顔で原稿を読み上げている。「昨日、駒宮大学の赤嶺教授が超新星を発見しました。長年研究を続ける赤嶺氏は···」

「ママー!お腹すいた」
「わかったから、先に手を洗ってきてね」
「はぁい」
私は朝食の準備をテキパキと進める。
「おはよう、美桜」
「今日、夜はお姉ちゃんとこ行くから。美乃(よしの)のお迎えお願いね」
「了解。今日は午後休とってあるから。ゆっくりしといで。今日はあの日だろ?」
「うん。久しぶりに会うの···」

私は5年前に結婚して、一人娘を授かった。
美乃の名前を決める時も大変だった。私の姓が染井(そめい)になると知った母がまた騒ぎ出したのだ。私と咲良が反対しても「染井ならソメイヨシノじゃない?だからヨシノよ。いい?美桜。女の子が産まれたらそうしなさいよ」と頑なに譲らなかった。優しい夫が「まぁ、いいじゃないか」と私を宥め、咲良も「可愛いじゃない。ヨシノ」と、にっこり笑うもんだから、私も次第に愛着が湧いた。心配なのはいつか学校で『名前の由来』なんて課題が出た日に、私は娘になんと言えばいいのか。

車で1時間。軽快に車を飛ばした。
小高い丘にこの町のシンボルの天文台が見える。
都心から少し離れた海の近くの施設で姉は暮らしている。
もう、私のこともあまり覚えてはいない。

「染井さん、こんばんは」
馴染みの施設長に入口で声を掛けられ、私は会釈した。
「すみません、今日は急なお願いを···」
「いいのよ。素敵なお願いだもん。咲良さん喜ぶといいわね」
「もう来てますか?」
「えぇ、先程。大きな荷物を背負って」

夜が帳を下ろし、空に宝石みたいな星が煌めく。
私は屋上に車椅子で咲良を連れ出し、一緒に空を見上げた。
「綺麗ね、咲良···」
「はい。キラキラしてますね」
満点の星空が広がっている。この景色が決めてで、この場所を姉の為に選んだ。好きだった星がいつも見れるように。

「お願いしますね」と、小さい望遠鏡をそばに置き準備をする男に私は挨拶を済ませ、少し遠くからふたりを見守った。男も笑顔で私に会釈をすると、優しく咲良に話しかける。

「こんばんは、寒くないですか?」

咲良もぺこりと頭を下げ、ニコニコ微笑んでいる。

「今日は一緒に星を見てくれてありがとうございます。咲良さん、いいですか?あれが、アルタイルです。それであっちがデネブ。そしてベガ。ベガとアルタイルが七夕の織姫と彦星です。見えにくいですが二人の間に天の川が流れています。それから、そのすぐ側に僕の見つけた星があります。目じゃ見えないけど···。あそこにある星がサクラです。僕が名前を付けました」

咲良はじっと空を見つめてやっぱり微笑んでいる。

「覚えていてくださいね。毎日見上げてください。僕の見つけた星を忘れないで」男がにっこりと笑う。

「···どれ、ですか?」
咲良はゆっくりと星空に手を伸ばす。
男はそっとその手を握り、サクラを見つける。
「あの、赤い星の隣に···あれがサクラです」

「サクラ···逞斗。あなたのいちばん好きな花ね」

「えっ···咲良?今なんて···」

「私の名前は咲良です。あなたは?どなた?」

「はじめまして、僕は赤嶺逞斗(あかみねたくと)です。忘れないでくださいね。また会いに来ますから」

「逞斗···私の好きな人と同じ名前だわ」



私も涙をこらえて、空を見上げた。
今日も、あの星に願う。
あなたの、いちばん好きな星に。