私の名前の由来も母がサクラが好きだからって理由で美桜。生まれた時から私の右側にはいつも咲良がいた。竹を割ったように瓜二つ。性格は真反対。利き手だって逆。だから立ち位置はいつも自然と私が左側、右は咲良。僅か数分の差だけの順番で、姉と妹と肩書きが決まり、私は妹の特権を振りかざしていた。「お姉ちゃんなんだから我慢して!」と、私は我儘に生きてきた。好きな玩具、好きな色、好きな男の子だって小さい頃は全部譲ってもらった。咲良は嫌な顔せずに、いつも私に与えてくれる。でも、大人に近ずけば近ずく程に、それも次第に無くなり、対等になっていった。綺麗に割れた竹は、合わせればピタリとくっつくから納得だ。だけど、いつしか生まれた歪みが私たちをズラしていった。双子だからって何時までも同じとは限らない。あくまで別の人間だ。思考だって、好みだって。咲良は頭が良くて有名な進学校に進んだけど、私は勉強嫌いで高校は別々になった。親も咲良には塾を進めたが、私にはそんな事一言も提案しなかったし、提案された所で行く気もない。友達の毛色も変わったから、咲良と話すことも少なくなっていった。だから、私は咲良の事をよく知らなくなっていた。
高校2年の夏を境に、咲良はお洒落に気を使い始める。お小遣いは全部ファッションに投資してた私に、服を借りに来たこともあったし、それを着た咲良は母親でさえ私と間違えるくらい、普段地味な服を着ていた。
ある夜に、咲良の部屋から通話の声が聞こえてきて、彼氏の存在を知り、可愛らしく笑う咲良の声を聞いて安心した自分がいた。控えめな性格で大人しい印象の姉だったから、そんな姉にも大事な人がいると知れて嬉しかったのだ。

少し前の夜。そんな姉が事故にあった。
駅からの帰り道で咲良の乗る自転車とバイクがぶつかって、咲良は倒れた拍子に頭を強く打った。
幸い命に別状は無いし、怪我も軽傷。
駆けつけた私をニコッと笑って安心させる姉に私は泣いてしまった。

これは3日前の話。
明日、退院する姉に私は一人呼び出された。

『ちょっと、話さない?』
珍しく、姉からのLINEに不思議な胸騒ぎがした。
指定された屋上に行くと、姉は空を見上げてギュッと両手を握り祈っている。
「咲良、こんなとこで。体冷えるよ···」
「大丈夫よ。 美桜、知ってた?冬にも空に大三角があるんだよ」
「知らない、星とか見たことないし」
「なんで?ほら美桜あの映画好きじゃん。宇宙の···」
「好きな俳優を見たくて見てるだけだよ」
「そっかー···知らなかったな」
「ってか、お姉ちゃんこそ、星なんて興味あった?」
「全然。だけど彼氏の好きな物は、好きになってあげたいじゃない?だから勉強した。私ね、彼氏がいるの。美桜に言ってなかったけど」
「知ってるよ。電話の声が全部筒抜け。幸せそうな声で話してたよね」
「知ってたか···なら話は早いね」
私は咲良の顔が影ったことで、不安を察した。
「なに?」
「私の代わりに、彼と別れてきて欲しいの」
姉の変な頼みに呆れた私は「え?何言ってるの?なんで私が?自分で言いなよ」つい声を荒げた。
「美桜···私ね、記憶が無くなっていくんだって。この前の事故で頭打ったでしょ?体は平気なのに。これからだんだんと記憶を無くすの。だから逞斗くんの悲しい顔は見たくない。彼ね、宇宙に行くのが夢で、いつも嬉しそうに話してくれた。その夢を叶えて欲しいし、応援したいの。私も最後まで笑った顔の彼を覚えてたい。だって、悲しいじゃない?いつか自分のことも忘れてしまう人が隣にいても、悲しいでしょ···夢の邪魔もしたくないの。だから、ね。お願い」
咲良の目から涙が零れた。
「咲良、何言ってるの?記憶が無くなるって···嘘よね。だって先生も大丈夫って言ってたじゃない」
「今日の検査でわかったのよ。だからもう少し私、入院するの」
「治療は···できるのよね?だってこんなに···元気で···嘘だ。嘘って言ってよ、咲良」
「治療はするよ。私だって覚えていたい。美桜のことだって忘れたくないもの。 美桜。お願い。私の最後のお願い。美桜だから頼むの」
「やだよ。咲良。諦めないでよ」
咲良は私をギュッと抱きしめた。
「美桜ならいちばん、私の気持ちわかるでしょ?彼の負担にはなりたくないの」
それから、咲良は自分のスマホを私の顔にかざす。
すかさずロックは解除された。
「約束はしてある。だから行って。お願いね、美桜」

目の前の逞斗は口をぽかんと開けて固まっている。
「私は、美桜。咲良の双子の妹です」

「妹···?なんで?咲良は···?」
「今日は姉の伝言を伝えに来ました。騙すような形になってごめんなさい。姉は···」
「待って」
逞斗の声で、私は言葉を飲んだ。
「どうして妹の君が泣いてるの?」
私は大粒の涙を流していた。
別れが姉にとっての最前の答えなのだろうか。
別れが君にとっての幸せな答えなのだろうか。
「姉は···」
「何が事情があるんだね。ごめん···僕も気が動転して」
「すみません···こちらこそ···」
「咲良···あっ、咲良さんの事だ。僕の為を思ったんだろう。よかったら話してくれないかな?ちゃんと受け入れるためにも」
「じゃあ、逞斗さんの夢···その夢のこと私にも聞かせてくれますか?」
「僕の···夢?」
私はこくりと頷いた。
「姉が守ろうとした君の夢を、私も知りたい」

「何から話したらいいかな···ちょっと動揺していて。ごめん。僕は宇宙が好きです。だから今日の映画も宇宙物で。いつか行きたいと思ってる。だけど宇宙飛行士なんていつチャンスがあるか分からない。だから、今は天文学を学びたいと思ってる。新しい星を見つけたいんだ。それをいつか自分の目で確かめに行く。これが夢です」
真剣な目で話す君に、私は誠意を感じた。

─この人は真っ直ぐだ。咲良が惹かれた理由もわかる。

「約束できますか?何があっても、その夢叶えるって」
「うん。それは君との約束?」
「いいえ。私たち姉妹との約束です」
「必ず。僕は必ず夢を叶える」

─ごめん。私、約束守れないや。

「全てを話します」