電車に一時間ほど揺られてやっとの思いで有明病院に着いた。
見上げるほど大きな病院で今更になって緊張が稲妻のように全身を貫いて膝が震える。だけど、こんなところで無駄な時間を使っている場合じゃない。ここに俺が会いたかった遥がいるのだ。突然来たから迷惑だろうかと思いながらも文句の一つでも言ってやろうと覚悟を決めて病院の中へと入った。
遥の名前を出して友達だと伝えると看護師の女性が病室の前まで案内してくれた。ドクンドクンと激しく音を立てる鼓動を落ち着かせるためにふぅと一つ深呼吸をする。
そして、覚悟を決めると扉に手をかけてゆっくりと開いた。

「……母さん?」

一歩踏み出して入った病室で消えそうなほど小さな掠れた声が耳に届いた。
こんなにも弱々しい彼の声を聴いたのは初めてで心臓を締め付けられるような息苦しさを感じる。
正直、ここに遥がいてほしくないと思っていた。俺の勘違いであってほしいと思っていたのだ。
だって、ここに遥がいるということは動画で話していたことは全て事実だということになってしまうから。
親友の命がもう燃え尽きようとしているなんて信じたくなかった。

「……え?碧?」

ゆっくりと向けられた視線と絡み合った瞬間、信じられないとでもいうような表情を浮かべてぽつりと紡がれた俺の名前。
病室のベッドに横たわっている遥は俺が最後に会った遥とはまるで違い、服の袖から覗く腕は折れそうなほど細く、頬が痩せこけていた。そんな姿を見ただけで胸が抉られるように苦しくなってすぐには言葉が出なかった。

「遥……会いに来たよ」

文句を言ってやろうと思っていたのに変わり果てた親友の姿を目にしたらそんな言葉は声にならなかった。

「まさか……ほんとに来てくれるなんて。夢みたいだ」

そう言った遥の頬につぅっと一筋の涙が伝った。
その涙につられるように俺も鼻の奥がツンと痛み、温かいものが溢れ出てきた。

「お前なんで言わなかったんだよ……っ。俺ら親友じゃねえのかよ」

こぼれ落ちる涙を制服の袖で拭いながらずっと言いたかったことを問いかける。
どうして黙っていたんだよ。俺にだって何かお前のために出来ることがあったかもしれないというのに。

「碧には俺のこんな姿は見られたくなかったんだ……黙っててごめん」

ぎこちなく笑った遥に近づいて彼の細い手を俺はそっと握りしめた。

「急に音信不通になるとか酷いだろ……っ」

もう起き上がることすらできない様子の彼の手に自分の額を当てて言う。俺はお前に本当は嫌われてたのかなとか結構悩んでたんだぞ。
その間も堪えきれない涙が幾度となく俺の頬に滑り落ちる。