「……あら、澪愛ちゃん。大丈夫? 車椅子持ってきましょうか?」
「大丈夫です、もうすぐそこですし、リハビリもかねてるんで」
「そう……由多くん、まだ目が覚めないから、声をかけてあげてね」
「……はい」
看護師さんに会釈して、夢現のようなおぼつかない足取りで向かうのは、目覚めてから毎日通う病室。その白いベッドに眠るユタはもう、二度と目覚めないことを私は知っている。
花を持たない者はあの世界での記憶を忘れるのだと、エマさんは言っていた。だとしたら、私があの世界での出来事を、ユタとの別れを覚えていられるのは、エマさんが振る舞ってくれた花の紅茶か、青い花弁のお陰かも知れない。
あの夜、温室でユタが落とした花弁。彼の命の欠片を、私は手離せず大切に持っていた。正確には、衝動的に食べたのだ。切り離された彼の一部を、自分の中に留めておきたかった。
「私も好きだって言いたかったのに……突き飛ばすなんてずるいよ」
二人で巻き込まれた事故でもそうだ。ユタが私を突き飛ばしたから、私だけ死なずに済んだのだと、あの瞬間思い出せた。
「ほんと、ずるい……」
管の繋がれた手に、そっと触れる。もう握り返してはくれないその残り僅かな温もりに、涙が滲んだ。
「……いつか、嫌ってくらい聞かせるから、覚悟してよね」
彼の病室には、彼や私の親がお見舞いにと持ち込んだ美しい花が飾られてる。その仄かな香りを吸い込んで、一息吐いた。
「……」
ここよりも温かく明るい光を受けるあの温室の花達が、あの世界で花を得た彼らそのもの、あるいは彼らが散らした想い出や魂の集う場所だといい。
だとすれば、きっとまた会うことが出来る。あの迷子の夜に彼が見付けてくれたみたいに、今度は私が彼を見付けるのだ。
「……またね、ユタ」
いつか、私の身にも花が咲く頃に、あの温室でまた愛しい青い薔薇と出会えることを祈って。願掛けのように私は、今度は自ら繋いだ手を離した。