玉が声を荒げると、舞弥と鈴の肩がびくりと跳ねた。
苦痛を抱えている顔をする玉。
玉だって、すずなら消えてもいい、なんて思っているわけではない。
「――舞弥。結婚しよう」
「………は?」
「え……壱、どうした、急に……」
壱の突然のプロポーズに、舞弥も玉も、果ては鈴もすずもきょとんと間抜けな顔をした。
「俺が治療する」
「それじゃあ壱が――」
「俺はあやかしだ。しかも割と頑丈な方の。瘴気が俺に返って来ても、少し眠るくらいで死にはしない。猫が取り込んだのは性質の悪い瘴気だ。とてもじゃないが舞弥に治療はさせられないし、だが放っておくことも出来ない。俺は猫と、猫に想いを託したものたちに詫びなければならない。猫の命を救うことでチャラになるなんて思っていないが……小日向鈴、貴女にとって猫は大事な存在なのだろう?」
「はい……わたしのたった一人の、友達です……」
言葉とともに、鈴から涙がこぼれる。
「だから舞弥、俺も必ず目覚めるという約束のために、うなずいてほしい」
「私が――……うなずいたら、壱は必ず、その未来を叶えてくれる?」
「ああ」
「……私が治すって言い張ったら、どうする?」
「絶対にさせない。償うのは、俺がすべきことだから」
壱の決意は固い。そう、わかった。
「……わかった。壱に任せる。――はい。よろしくお願いします」
泣きそうな笑顔でこたえた舞弥の頭に手を回して、壱は抱き寄せた。
「……あのとき拾ってくれたのが、舞弥でよかった」
「……うん」
「きっとその猫も、拾ってくれたのが貴女でよかったと思っているはずだ」
「……はい」
鈴も、唇を噛みながらうなずく。
「猫、過去がどうあれお前はもう償う必要はない。十分すぎるほどやってくれた。小日向鈴の友達として生きる未来だけを考えていろ」
「いちおうさま……」
すずの声はかすれている。そしてそっと瞼を伏せた。
「壱翁様と舞弥様の、お幸せをお祈りいたします」
「ありがとう。その祈りに恥じないよう、舞弥を幸せにすると誓う」
「……はい」
すずが、精一杯といった様子で頭を上下させた。
壱はまた、舞弥を見つめる。
「目覚めたらひとつ言うことがあるから、待っていてほしい」
きっとそれは、今訊いても教えてはくれないのだろう。
こく、と舞弥は小さくうなずいた。
「わかった」
「ありがとう舞弥」
そう言って壱は、舞弥の手を取って口づけを落とした。
そしてそのまま舞弥を見てきた壱の目が、とても優しくて。
……約束を残して、壱は眠った。