(………?)
「壱?」
「………」
何やら苦悶している様子。
舞弥の肩に手を廻しているのとは反対の手で顔を覆っていた。
「壱? その……答えにくいんか?」
玉まで気遣ったような口調で言ってきた。
「……いや。その、だな……」
「………」
女性は急かすこともなく黙って答えが返ってくるのを待っている。
舞弥も、ごくりと唾を呑みこんでいた。
「……手放したくないと思ったんだ……」
「うん?」
あまりにも小さな声だったので、玉が声とともに首を傾げた。
頬を染めた壱が、女性を睨みつけるような目で見た。
「初めて手放したくないと思う存在と出逢った。だから特別になった。俺がそうしたんじゃない。なんと言うか――いつの間にか、そうなっていた」
……壱は、自分から特別な存在を作る気はなかった。
言葉にするなら、本当にいつの間にか、そして壱の中で勝手に、舞弥がその存在に祭り上げられていた。
知らない間に舞弥が神輿の上にいたのでびっくりした感すらあるくらいだ。
「……愛を拒絶していたあやかしが、愛情を得たのですね」
ほう、と、女性は感心するような息をもらした。
肩から力が抜けたようにも見える。
落ちた巫女の使い魔で、呪うことが出来たという理由で、壱への叶わなかった想いを託されてしまった化け猫。
千年越しに、届かなかったとしても、目の前にそれを突き出せたのだ。
背負っていたものを一気におろせたのだろう。
「……俺の方で一方的に答えられぬ理由があったとはいえ、お前たちには悪いことをしたと反省している。今も、誰の想いにも応えてやることは出来ないが、……すまなかった」
そう言って、壱は舞弥から手を離して頭を下げた。
それから、ぶん、と舞弥も頭を下げた。
「あの、私が何か言える立場ではないと思うのですが、壱に罰せられることがあるなら私も一緒に償っていきます。私に出来ることなんて少ないと思いますけど――」
舞弥の言葉を、女性は「いえ」と遮った。
「もう、十分です。ご覧いただけますか? わたしに蓄積されていた恨みが、こんなにも軽く、晴れていきます――。壱翁様と、貴女様の、『言葉』ひとつで……」
女性の体から、小さな光の粒があふれ出す。
それはふわりと宙に浮き、天にのぼるようにひとつひとつ消えていく。
これが、壱に『無視』されることで、呪いにまでなった『感情』……。