「あいにく、貴様がくれた呪いを解いてくれたのも舞弥だ。それだけでわかるだろう?」
そんな挑発的な言い方をしていいのか不安になった舞弥は、壱を見上げる。
壱は女性ではなく舞弥を見ていた。
ひどく甘く、優しい眼差しで。
……壱はきっと、こうだったのだろう。
自分の中の居場所を与えた者以外は、眼中に入れない。
認められた舞弥からすればそれは特別感があり嬉しいことだけど、壱を想っても袖にすらされない扱いを受けた側からしたら……。
「ええ……確かにわたしは、多くの方に頼まれ、壱翁様を呪いました……。壱翁様が心から愛している方の口づけ、という縛りで……」
女性の声は悲しんでいるようだった。
舞弥は、え、と一瞬その言葉が理解できなかった。
(壱が心から愛している……いやまあ、あの時私壱の手にキスしたんだよね……。なんかこの口ぶり、私の方は指示してないみたいに聞こえない……?)
壱翁が心から愛している者、が自分を指していることに普段なら叫んでいるだろうけれど、頭の隅にひっかかったそれが舞弥を冷静にさせた。
「な、なんで……そんな悲しそうに言うんですか?」
「なんで……そうですね……恋いうる方が、自分以外を選べば、普通は悲しむものではありませんか……?」
「………」
確かにそうだ。今の舞弥だからその気持ちがわかる。壱が自分以外の人を恋人に選んだら、舞弥だって悲しく思うはずだ。
「人の世では……大化の改新、などと呼ばれている時分だったでしょうか……わたしが、壱翁様への想いが実らなかった方の依頼を請けたのは……」
「たいかのかいしん!? え、ちょ、ちょっと待って、壱そんな頃から呪われてたの!? ってか化け猫さんもそんな長い間壱のこと好きだったんですか!? いやそもそもなんで好きなのに呪ったんです!?」
女性のその一言で舞弥の疑問があふれ出た。
つまり壱は、千四百年近く呪われていたことになる。
壱が今まで恋愛感情に興味がなかったという話は聞いたけど、そもそも好きなのに依頼されたら呪うのか。
「わたしも最初は、壱翁様をあやかしの翁(おう)としてお慕いしていただけです。遠くから見るその高貴なお姿に、あれがあやかし七翁の御一方、と……。当初はわたしも恋慕(れんぼ)しておりませんでしたので、常にたくさんの女性に囲まれているなあ、ぐらいにしか思っていなかったのです」
「………」
「………」
じと、とした目で舞弥が壱を見上げると、壱は慌てたように首を横に振った。
「いや、舞弥?」