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――その晩、玉はひとりでむくりと起き出した。舞弥と、たぬき姿の壱はよく眠っている。

ふたりを見て少し考えた玉だが、ここで後ろ髪を引かれてはいけないとかぶりを振った。

ここには、玉が使っていたものがたくさんある。その全部、置いて行こう。

こっそりと窓を開けた玉は、振り返ることなく滑り出た。

――決めていた。壱と舞弥が恋人になったときから胸の中にあった不安をなくすために。

ひとりで出て行こう。

ひとりで生きて行こう。

恩人たちが、幸せになるために。

玉は、本来なら変化も出来ない幼い頃にその才を発揮してしまった、異端の妖異だった。

通常から外れるものは疎外される。

あやかしたぬきの総大将に追放され、だが何を思ったか総大将は玉に向けて追っ手を放った。

その隙間を縫って生きてきた。

壱に助けられてからは、壱に戦い方も教わって、ふたりで生きてきた。

「俺は男だっ。ひとりでも強く生きられるっ」

自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、玉は駆けた。

久方ぶりに、自分ひとりしかいない夜を。涙の筋を残しながら。

「はあっ……よし、ここまで来ても気づかれなかったみたいだな」

舞弥と壱が追ってこないことを確認するために振り返った玉は、ひっと息を呑んだ。

『ようやく見つけたぞ、童(わっぱ)』

「た、いしょう……」

人間の背丈の二倍はあるような化け物が、玉をにらみつけていた。

本来のたぬきの姿からは程遠い。細身で、顔は鋭くとがっていて、四つ足でありながら背中には炎を背負っている。燃えているのではない、総大将の妖力が目に見える形になっているのだ。

『やっとお前を献上出来る。さあ、おいで』

優しく語りかけるようだが、その目には不穏な光が宿っている。

玉は、総大将が何のために自分を狙っているかわからない。

わからないけれど、献上という言葉から推測することは出来る。

「あんたには恩はねえから、あんたの言うことなんて聞かねえぞ!」

『恩? 恩ならばあろう。我が一族に生み落としてやったという』

「そこまで遡るかばーか! 俺を捨てたのもあんたらだろうが!」

玉は毛を逆立てて威嚇した。

完全のあやかしである総大将は普通の人間には認識されないが、まだ幼い玉は普通の人間にも認識される。――この姿ならば。

『ほう……その齢(よわい)でそこまで力を手に入れたか』

「あいにく、俺にはつえー師匠がいたからな!」