ふーむ、と脳内で玉はうなった。

「……舞弥が壱の初恋ってこと?」

壱の感情がなかった、ということは、今まで好きになったものがいなかったということだろうか。

「そういうことだな。恋仲、と呼ばれるような立ち位置の存在はいたが、俺の感情が相手に向いていなかったのだと思う。だから舞弥が熱を出したとき、俺の手に口づけをしてくれて、わかったのはまず自分の感情だった。『俺が』心から舞弥を愛しているから、解かれて姿を取り戻せた」

「なんでさっさと言わなかったん?」

「舞弥が自覚していないと思ったんだ。そんな状態で、『舞弥は心から俺のことを愛しているようだ』なんて言えないだろう?」

その言葉に、う、と舞弥は詰まった。

確かに無自覚だったので、そんなことを言われたら今ごろどうなっていたか……。

「ふつーの感性ならそうだな。……舞弥、話聞いてたか?」

「……聞いてた……。壱……困らせてたらごめんね……逃げちゃったことも……」

細い声で謝ると、壱は首を横に振った。

「悪いのは俺だ。いきなり聞かされたらびっくりするよ。……舞弥、改めて言わせてほしい。俺は舞弥のことが好きだ。愛している。一緒にいたい理由は、それだ」

壱はまっすぐに言う。

その姿はたぬきだが、真剣なことはよくわかる声だった。

舞弥は返す言葉を考える。

自覚したばかりのそれを、どう口にしていいのか。

いや、たぶんだけど余計なものはいらないと思う。飾りたてるより、そのままを。

――舞弥は心の底から力を振り絞って、自分の顔から手を外して壱を見た。

「………私も、壱のこと、すき、だよ……」

白いたぬき姿で、後ろ足で立っている壱は、目を見開いて舞弥を見返す。

舞弥の頭の上の玉が、ぱちぱち、と拍手をしだした。

「よかったじゃねーか! 開闢から生きてる壱が好きになったたった一人と想い合うなんて、すげー確率だぜきっと! 舞弥、恥ずかしがることねえ。何千年と生きてる壱が唯一好きになったのがお前なんだから、誇っていいくらいだぜ!」

玉がだばーっと涙を流しているので、舞弥は苦笑が浮かんだ。

生きている中で、好きになった人に好かれる確率も奇跡と言われるくらいだ。

長命である壱が唯一好きになった相手が自分とか、奇跡以上ではないだろうか。

「壱、ありがとう」

舞弥が泣きながら言うと、壱が歩み寄ってきて、舞弥の頬に手を伸ばした。

「この姿では届かないな。……人になっていいか?」