「………」
壱は、揃えている自分の手に目線を落とした。
そして目を閉じる。
「……おやおや、これまたとんでもないハンサムなたぬきさんだったね」
刹那の間で人の姿に変化した壱を見て、大家は感嘆の声をあげた。
「これが俺の本来の姿でした。色々あってしばらく戻れていませんでしたが……」
「その姿で舞弥ちゃんを篭絡する気かい」
からかうような大家の声にも、壱は動揺する余裕もなかった。
「……舞弥にとってこの姿はかけらも意味がないようでした。たぬきでいた方がいいと言われました」
「……舞弥ちゃんの趣味じゃなかったのかな? じいさんはとてもカッコいいと思うけど」
「ありがとうございます。ですが……やはり舞弥の好意を得られるものであったら、と思ってしまいます」
「まあそうだよね。じいさんも悔しい思いをわかるよ。舞弥ちゃんのひいおばあさんには歯牙にもかけられなかったからねえ。ちなみにたぬきさんは、舞弥ちゃんのどんなとこが好きなんだい?」
「えっ……その、自分を律していて、しっかりと自分の足で立とうとしているところとか、自分以外の物への優しさとか、それでも弱さを抱えているのに周りを頼ることに関しては不器用なとことか……あと何よりすべてが可愛いです」
「わはは、顔があちーあちー、じいさんが照れちゃうよ。たぬきさん、舞弥ちゃんにべた惚れだね」
「す、すみませんっ、大家殿にとって大事なご家族に……」
「いやいや、舞弥ちゃんが幸せになってくれるんなら、野暮なことは言わないよ」
「……大家殿、俺が人間でないことは、よいのですか?」
あやかしである壱側から見ても、結構な大問題だと思うのだが、大家は受け入れ過ぎな気がする。
「ああ、……異類婚姻譚は難しいよね。でも、私の生まれ育ったとこでは、神社の巫女さんが本物の神嫁だったんだよね。たぶん今でも若い姿でいるんじゃないかな? だから普通より抵抗も薄いんだと思う。神様やあやかしの花嫁になっても、本人が幸せならいいじゃん? って感じかねぇ」
「そうだったのですか……」
巫女は神の妻というのは昔からある話だが、その人を知っていて現在でもそうと認知されているのは少ないと思う。
夫神から深く愛されていて、民からの信頼もあるのだろう。