壱は、考えなければいけないことがいくつもあるので、一番困っていることを大家に訊いてみた。
こればかりは玉は頼りにならない話だし、あやかしである壱に頼れる人間は少ないので、大家は貴重な人材だった。
「思い? 告白ってことかい?」
大家は少し驚いたような顔をした。
あやかしが人間に告白……そしてここまで話していたら、相手が誰であるかは大家にはたやすくわかるだろう。
「はい……。俺はあやかしに生まれ、最近はこのたぬきの姿で過ごしてきました。好いた相手がいなかったわけではない、と思ってきたのですが、どうにも舞弥ほど強く思った相手はいなくて……しかも自分から思いを伝えたことがないのです、あやかし相手ですら」
「……たぬきさん、奥手なんだね?」
大家がまた、興味津々な顔をしている。少年っぽさを持った大家だ。反対に、壱はやさぐれた顔になる。
「いやまあ俺が恋愛に関して鈍感極めたクソ馬鹿野郎ってことは確かです。おかげで呪われたし」
それを聞いた大家は、うーんとうなった。
「そんなもん、相手のお嬢さんに向かって好きだって言うしかないじゃろう。好きです、付き合ってくださいって」
直球ではあるが真っ当な返事だ。
だがその壁が、壱には大きすぎた。
「……そんなことを言ってフラれたら……」
「絶対にフラれない奴なんておらんじゃろうが、フラれるのが怖くて告白しないでいたら、相手のお嬢さんに彼氏や旦那が出来るという形で言葉もなくフラれるだけだぞ? たぬきさんや」
やけに感情のこもった話し方に、壱は顔をあげた。
「……もしかして大家殿、ご経験が……?」
壱の質問に、大家は穏やかに目を細めた。
「じいさんはな、想いを伝えずにフラれたんだ。ずっと片思いをしていた、舞弥ちゃんのひいおばあさんにな」
「ひいおば……えっ、舞弥の祖母君ではなくっ? その母君っ?」
「舞弥ちゃんのひいおばあさんは、私より少し年上くらいでね。カッコいいお姉さんだったんだ。舞弥ちゃんの家族は、祖父母も両親も結婚が早くてね、世代で言うなら私は、舞弥ちゃんのひいおばあさんひいおじいさん世代になるんだよ」
「早婚の家系なのですね……」
「それでまあ、憧れをこじらせ過ぎて、想いを伝える間もなく結婚されてしまったんだ。言葉もなくフラれるって、そういうことだよ、たぬきさん」