「たぬきさん、舞弥ちゃんのとこにいる子だろう?」

お茶を飲みながらの大家にそう問われて、壱は咄嗟に返事に詰まった。

アパートの住人に勘づかれている可能性は考えていたが、大家にまで知られていたとは……。

「……ご、ご存知でしたか、大家殿……」

「うん、まあね。これでも、舞弥ちゃんをこのアパートに住まわすって決めたとき、亡くなった舞弥ちゃんの家族に約束したんだよ。ちゃんと、私が後見になります、って。舞弥ちゃんしっかり者だし、私もこれといったこともしてないけど、やっぱり心配はするからね。たぬきさん、舞弥ちゃんに悪さしようっていう、悪いたぬきさんかい?」

大家に見つめられて、壱はぶんぶん首を横に振った。

「そ、そのようなことは決して。舞弥は俺ともうひとりのあやかしを助けてくれたのです。恩義こそあれ、悪さをしようなどとは思いません。約束します」

「そうかい。……白いたぬきは神様の遣い、なんて言われている土地もあるんだよ。たぬきさんはそういう存在?」

「……そのようですね。ですが俺は神使(しんし)ではありません。ちょっと長生きしてるだけのあやかしです」

途方もない長生きだった。その間に呪いを受け、ほぼたぬきの姿で過ごしてきた。

舞弥が自覚なく呪いを解いてくれたが、考えておかなければいけないことがある。

ひとつは、玉を狙っているあやかしたぬきの総大将の動向。そしてその目的を知ること。

今はまだ居場所を特定されていないが、そのうち嗅ぎ付けてくるだろう。

玉があやかしたぬきとして異端というのはわかるが、己の一族からの追放しただけでなく、今も執拗に狙ってくるのはなぜだ?

そして壱――『壱翁』を呪ったあやかしのこと。

「大家殿、舞弥に害は行かせないよういたします。どうか俺と玉のことは見逃していただけませんか?」

壱は背筋を正して頼み込んだ。

舞弥と玉と交わした約束を、壱はなにがなんでも守りたかった。

大家は穏やかにほほ笑む。

「見逃すもなんも、なにもしないよ。たぬきさんがいなくなったら舞弥ちゃんが悲しむだろう?」

そう言われて、壱は言葉を探した。自分が言っていい言葉は……言える言葉は……。

「……そうだと……嬉しいのですが……」

「まあ、追い出すこともしないから、舞弥ちゃんのことよろしく頼むよ。でも、舞弥ちゃんを遊び相手にするようなら、じいさんはたぬきさんを狩るがね? 昔取った杵柄(きねづか)があるからね?」

「め、滅相もない! ……そこまで知られているようなので、大家殿、ひとつ訊きたいのですが、人間の間では思いを伝えるとき、どうするものなのですか?」