舞弥が「おじーちゃん」と呼んだのは、女子の同年代の平均身長と大差ない舞弥より少しだけ背丈のある、白髪の好々爺(こうこうや)とした老齢の男性だった。

「ああ、帰ってたね、お帰り舞弥ちゃん。これ、杉谷(すぎや)さんがくれたんだよ。舞弥ちゃんにもどうぞって」

そう言って、老人は舞弥に服を渡す。

杉谷さんとは、このアパートの住人だ。

受け取った袋をのぞいた舞弥は顔をぱあっと明るくさせた。

「え、いいの? ありがとう~、おじーちゃんも杉谷さんも。いちごだ~」

舞弥の反応に、老人はしわを深くしてほほ笑んだ。

「ちょっと食べたけど、甘くて美味しかったよ」

「楽しみー。明日、杉谷さんにお礼言っておくね」

「うん。じゃあこれで。何かあったらいつでもおいでね」

「ありがとう、おじーちゃん。おやすみなさい」

おやすみ、と男性が答え、アパートの階段を降り始めたのを見て、舞弥はドアを閉めた。

「うわ~、このいちご大粒。杉谷さんまじ神~」

舞弥はさっそく、袋にトレーに乗って入っていたいちごを冷蔵庫に仕舞いだした。

「こ、こら人間! 簡単に開けちゃだめだろう! 不用心だ」

物陰に隠れていた玉が出てきて言った。

「人ん家のアパートに転がってた毛玉はどこの誰ですか?」

舞弥が平坦な声で返せば、玉はうっと言葉に詰まった。

「今の御老人は舞弥の祖父君なのか?」

玉に続いて出てきた壱がたぬきのまま訊いていた。

舞弥は冷蔵庫のドアをしめて、その扉に軽く背を預ける。

「ううん、遠い親戚だけど、祖父ではないよ。このアパートの大家さん。私中学のときに近い家族亡くなっちゃって、おじーちゃんが格安でここに住まわせてくれてるんだ」

「え……人間、そんな苦労を……?」

玉が驚いたように声をあげたので、壱がまたぽかっと玉の足を叩いた。

それから舞弥に向けて申し訳なさそうな顔をする。

「すまない舞弥、立ち入ったことを……」

「別に全然いーよ。親の事故も単独事故で、今も揉めてるとかはないやつだし。親の遺産を継いでるから、生活に余裕がないわけでもないんだよ。このアパートは当然おじーちゃんが認めた人しか住んでないから、安全性は保障されてる。あ、でも壱と玉がたぬきの姿でいたらやばいかも」

「そ、そりゃたぬきが街中にいたらまずいことくらいはわかる」

玉がテンパり気味に返すと、舞弥はにやりと笑った。邪悪な笑みである。

「おじーちゃん、元マタギだから」

「「!!」」