手の甲に軽く口づけられ――壱の体は瞬時に熱を持った。

気恥ずかしさからの熱さなんでものじゃない。心臓が焼かれたように、全身を巡る血が沸騰したような感覚。

(な、なんだこれ……苦しい……っ)

だが、苦しかったのは一瞬だった。

思わず閉じた目を開ければ、先ほどまでとは違う位置に舞弥の顔があって、驚きに見開いた目で壱を見ていた。

「なんだ……今の……」

一瞬、体が燃えたかと思うような熱が襲ってきた。だが今はそんなものかけらもない。

「い、……壱?」

「どうした、舞弥」

「壱……人間になれたの……さっきの夢って、壱だったの?」

驚く舞弥は心なしか、さきほどより顔が赤く見える。

「え……?」

人間? いや、壱は呪いで人と同じ姿は取れなくなっていたはず――

ふと、舞弥の机の上の鏡を見ると、そこに映っていた和服をまとった男は、煌めくよう白髪(はくはつ)で、切れ長の目と薄い唇、少し甘やかに見える面差しの――

「呪いが解けてる!?!?!?」

壱が、『壱翁』と呼ばれていた頃の姿だった。

「呪い? 壱、呪われてたのっ?」

舞弥が素っ頓狂な声をあげる。

壱はまだ信じられない心地で舞弥を見返す。

「あ、ああ……俺は本来はたぬきのあやかしではなくて、これが俺のあやかしとしての姿だった。それが……呪いを受けてたぬきの姿になって、この姿は……どのくらいぶりだろう……千年? 二千年?」

「そんなに呪われてたの!? な、なんでそんなものが急に解けたの……?」

「それは――」

言いかけて、壱は口をつぐんだ。

それを言ってしまえば、自分の舞弥への気持ちを認めたと同時に、舞弥が口にしていない舞弥の心を暴いてしまうことになる。

「……たぶん、今までのどこかでの呪いを解く条件をクリアしていたのだと思う」

ぼかした言い方になってしまったが、嘘ではなかった。

「呪いを解く条件……?」

「舞弥、その……礼を言わせてほしい。俺一人では解けるものではなかったから」

「でも私、何もしてないよ? 玉には解けなかったの?」

痛いところをつかれて、壱は一瞬固まった。

「玉には一生かかっても解けないと思う」

「割と辛辣。……髪の色が白いから、たぬきの姿も白かったのかな?」

そっと、舞弥が壱の髪に触れてきた。

ドキッと跳ねた壱の心臓。