「まじか。初恋以来誰にも心を開かなかった龍神様の言葉とは思えんな」
「それについては――まあ色々あるんだが、問題はお前のことだ。お前がいればそこに来るとわかって、朝倉舞弥のもとにいるのか?」
壱がいればそこに来る。そうだ、それを忘れてはいけない。
玉を迫害するあやかしたぬきとは別に、壱をつけ狙う者があることを。
「……舞弥は、特殊な見鬼だ。最初は怪我をして空腹のところを助けてもらったからその延長で世話になることにしたんだ。力の使い方を少しでも教えられたらいいな、くらいに。だが……」
「………」
榊は黙って続きを待った。壱は頭を抱えながら榊に訴える。
「傍にいたいと、思ってしまった。なあ榊……俺はもう死ぬのか……? こんなこと、今まで誰にもいだいたことないのに……最期の感情とかなのか……?」
今度は榊が驚いた。壱とはもうどのくらいの付き合いかわからないくらいだが、こんな苦悩する姿は初めて見た。だがそれと同時に、これは面白い、とも思った。
「それは……」
榊がもったいぶって間を取ると、壱は泡食った様子で詰め寄ってきた。
「それは? なんだ? わかるのか?」
「初期症状だな」
「なんの!?」
「今は安静にしていた方がいい。朝倉舞弥の近くで」
「舞弥に治療しろと言うのかっ? 俺、舞弥に霊力で治療するなって言ったばかりなのに……」
壱の顔が青ざめた。
何故そう解釈したのは榊にはわからなかったが、単に今、混乱しているのだろう。
「治療など必要ない。傍にいるだけで、そのうちどうにかなる」
「? ……不治の病かっ?」
「違う。このボケだぬき。お前女多かったくせに肝心なとこねえな」
「女多いとか言うな。開闢から生きてて初恋にしがみついてるお前が異常なんだ」
「恋人だった、つっても、誰もお前の呪い解けなかったのにな」
「……それは言うな。割と傷なんだから」
壱が再び両手で頭を抱えた。
榊は、座っている自分の膝に肘を載せて頬杖をつく。
「その姿より小さいモノに変化は出来ても、もともとの姿は取り戻せていない――お前そろそろ飽きないのか?」
「飽きる飽きないの問題じゃないんだよ。さすがに今まで解けなかったら諦めもつく」
「そういうものか……。龍神(おれ)の力を頼りたくないと、お前初っ端に言ったものな」
「言った。お前に借りは作りたくない」