「壱は俺よりだいぶ年上だ。俺は妖異の世界では赤ちゃん扱いされる年齢だからな」

「自分で言うんだ」

舞弥がツッコむと、なんだか黒い毛玉の周りの空気が重くなった。

「認めるほかないんだ……妖異は階級に厳しいからな」

「へー、殊勝な玉って初めて見た。あ、そろそろ人通りが多くなるから喋るのやめるよ」

「おう」

「わかった」

それきり、学校では壱も玉も話しかけてくることはなかった。

舞弥も最初は冷や冷やしていたが、ずーっとカバンについたマスコットをしているので、そのうち心配することもなくなった。

「舞弥、昼食は友人と食べなくていいのか?」

人気(ひとけ)のない空き教室で、手のひらサイズのたぬき姿に変化(へんげ)した壱と玉はおにぎりを手に頬張っていた。

「今日は用事あるから一人で食べるって言ってきたからだいじょーぶ。壱も玉も大人しかったから、お昼くらいはゆっくり食べたいでしょ?」

「俺たちはありがたいが……」

「もぐもぐ、人間、この卵焼きというもの、もう一つくれ」

舞弥はお弁当箱から箸でつまんで、玉の手に渡してやる。

「はいはい。でも壱、私別に護衛するようなことなかったでしょ?」

壱は朝、何を思ったんだか舞弥の護衛をするなどと言っていた。

舞弥は普通の高校生だ。危ないことに遭うような立場ではない。

「人間の中にも危ない者はいるだろう」

ちょっと壱に説教気味に言われて、あ、不審者の心配をしてくれていたのか、と舞弥はわかった。

「まあ危ないのが人間でなくとも、この学校にあやかしはいないな。だが、綺麗すぎてあやしくもある」

おにぎりを食べるのを止めて、壱が言った。

「? 綺麗すぎて、あやしい?」

「学校とは同年代の人間がたくさん集まる。そうすると思念のぶつかりが結構多いんだ。それに目をつけたあやかしが――害のないあやかしがそこら辺をうろついていて普通、なんだ。学校というものは」

「へえ、そうなんだ。私みたいなレベルの低い霊感じゃそこまで気づかないわ」

「舞弥の霊感は特殊だからな。使いどころは間違えない方がいい」

「治療する以外に使うな、ってこと?」

舞弥の質問に、壱は眉間にしわを寄せた。