7日目(金曜日)
真っ赤に染まっていた椿の木は緑の葉が生い茂るただの木となり、僕は花が本当に全部散っているのか確かめるために凍てつく病院の外の世界へ踏み出した。
病院服のままで出たから非常に寒かった。
そこで、一つの椿の花を見つける。
たった一つ、生き残った花。
椿は美しいまま花が『落ちる』と言っていた。
僕は半ば無意識的にその花をそっと摘み、握りつぶした。
※
采音の葬儀が終わった。
式には親族と僕らの家族くらいしか訪れない小さな式だった。
当たり前だ。だって、僕らはほとんど病院で過ごしていて、病院の外に友達なんて居なかったんだから。高校は中退してるし。
でも、多分一番の要因は僕にある。
采音とは同じ歳で、同じ境遇で生きてきた。
それから僕らは出会い、僕は彼女の生きる理由になった。
采音は僕を笑顔にするために明るく前向きに振舞ってきたけど、それでも彼女は根っこの部分は変わらなかったのだろう。
一人が怖いくて、そのくせみんなといると異端な自分に何よりも不安なる。
だから、僕らは二人だけの世界を作った。
お互いの悩みを、不安を共有できる仲間だけの世界を。
もしかしたら采音はそんな世界に僕を一人にしないようにしてくれていたのかもしれない。
「晴慈くん、今日は来てくれてありがとう」
「おばさん……」
たった、一日ぶりに見ただけだ。
なのに、おじさんもおばさんも目に見えるほどやつれていた。
くまもできてるし目も腫れている。きっと一晩中泣いたのだろう。
「お礼を言うのは僕の方です……。采音の最期の時間を僕に譲ってくれて、本当に感謝してもしきれないです」
ありがとうございますと深々と頭を下げた。
本当はそれだけでは全然足りないと思う。
土下座でもした方がいいと思うし、いっそのこと思い切り罵倒してくれと自分勝手な事さえ思う。
「いいのよ。きっとその方があの子は幸せだと思ったからやったの。後悔はないわ」
後悔がないと言わせてしまったことに僕は心が苦しくなった。
大切な我が子の最期に立ち会えなくて後悔がないことなんてあるわけがないのに。
そう言わせてしまう自分に無性に腹が立った。
「これ、采音が晴慈君に渡してくれって」
おばさんは鞄から1冊の本を取り出した。
硬い赤色の表紙でページ数はそれほどない。
そして、もう1つ。
葬儀に使われていた遺影だ。
采音の遺影には僕が撮った写真の中から1番いい写真をおばさんに選んで貰った。
葬儀に実際に使われた写真は公園での写真。
采音の本物の笑顔が撮られた写真。
「これがあの子の本心に1番近い笑顔だと思う」
そう言ってこの写真を選んだおばさんにはさすが親と思ってしまった。
「いいんですか?!僕が持ってて?」
ただ問題なのは遺影の方だ。
遺影は通常、49日の法要が終わるまで飾るのが基本だ。
それに、遺影は僕ではなく、家族で持っていた方がいい。
この人たちにはもう十分にお世話になった。
采音が僕を変えてくれて、采音と色んなところに行かせてもらえて、最期を一緒に過ごさせてもらって。
これ以上、この人達に我慢なんてして欲しくない。
「晴慈くんも身体が悪いんだからお守りだと思ってあなさい。それに……」
おばさんはおじさんと目を合わせた少し頬を緩めた。
「あの子は私たちの中でずっと生きてるわ。だから、采音に見守られるべきはあなたよ。晴慈くん」
おばさんとおじさんは僕を抱きしめた。
暖かくて、僕を支えていた氷が溶けていくような気がして気づけば涙が出ていた。
「私達は采音と同じくらい君のことも大切に思ってる。だから、長生きしてちょうだい……」
その後、一通り泣いたあと、片付けに参加しようとしたらおばさん達に病院に返されてしまった。
僕も余命宣告された日が1週間を切った。
旅を始めた時の采音と同じ時間の余命だ。
おばさん達は僕のことも心配してくれていることが心から分かってまた泣きそうになった。
…………
静かな病院の病室帰るとどっと寂寥感に襲われた。
もう采音は居ない。
明日の予定は検査以外にないし、病院のエントランスに座って待っていても、もう誰も来てくれない。
もう写真を撮る相手もいないし、僕に運がいいねと言ってくれる人なんてもう居ない。
ファミレスで馬鹿をする友達も、手を繋いでイルミネーションを見る人も、僕にはもう居ない。
空気に耐えきれず僕は喪服も着替えずにベッドにダイブして顔を埋めた。
もう、居ないのか……。
漠然と考えていたことが現実になりやっと実感が湧いてくる。
「あ、そういえば……」
僕は鞄から1冊の赤い本を取り出す。
受け取った時には気づかなかったけど、表紙には黒のマジックで字が書かれてある。
丸くて可愛らしい采音の筆跡だ。
『晴慈へ』
ページを1枚捲ると、そこには写真とチェキが貼られ、カラーペンで可愛く飾り付けされたページが。
この赤い本は采音がいつぞやに言ってたアルバムだったのだ。
一枚一枚丁寧に捲って行く。
商店街や公園、ファミレスにイルミネーションと僕らの行った先々での写真や、病院内での写真も。
懐かしなぁ。楽しかったなぁ。
そう思う度に、目から水滴がこぼれ落ちる。
アルバムに決して落とさないように涙を拭きながらページをめくろうとするのだが遂に涙が溢れて止まらなくなってしまった。
ダムが崩壊したように涙が溢れ出て止まらない。
なんで、采音だったのか。
なんで、僕だったのか。
この不平等を受けるのはなんで僕達でないといけなかったのか。
世界に対しての怒りがふつふつと湧いてくる。
ベッドに力なく何度も何度も拳を無意味に打ちつけた。
「クソっ」
力任せに拳を振り上げた時だった。
アルバムがベッドから音を立てて落ちてしまった。
振り上げた手を下ろして慌ててアルバムを拾う。
そっと手に取り各ベージを確認する。
……大丈夫だ。どこも折れたり破れたりしてない。
安心が訪れると共に少し冷静になる。
アルバムを机に置いてやっと服を着替えようとしたその時、写真が一枚落ちていることに気づいた。
少し小さいことから一眼レフで撮った写真ではなく采音の撮ったチェキであることがわかった。
拾ってみるとそのチェキは一日目の僕らが病院を出た瞬間のチェキだ。
僕らの旅が始まった瞬間。
懐かしいな。この時は急に撮られて驚いたっけ。
感慨に老けていると、チェキの裏に何か書いてあることに気づいた。
チェキの裏には黒のペンで書かれた丸い文字が。
『今日から始まった私たちの旅!それがその第一歩。今日から色んなところに行こうね』
こんなことを思ってくれていたのか。
チェキを慈しむように見てハッとする。
このチェキはアルバムの一ページから出てきたものだ。
采音はこのチェキにだけ文字を書いていたのだろうか。
いや、もしかしたら、きっと……。
アルバムのページを捲り最初のページを見る。
写真は見開きに3枚ほど貼ってある。
だけど、その写真はいずれもノリやテープで貼られていない。
紙面に切込みが入っていてそこに写真の四隅を入れるようにして貼られていて、あえて言うなれば取り外すことを想定したような作り方になっていた。
さっきのチェキはこのページから抜け落ちたものだ。
アルバムをパラパラとめくると写真やチェキが大まかに時系列順に並んでいたことにも気づく。
震える手を伸ばして写真を一枚取る。
これは商店街に入る前に通りがかった夫婦に撮ってもらった写真だ。
『商店街に到着!前見た時よりもお店が少なくなってて少し悲しかったなぁ。でも、写真を撮ってくれた人達もいい人だったし幸先は良さそう!私たちは運がいいみたい』
やっぱり。僕の予想は当たっていた。
おそらくこのアルバムの全ての写真に采音のメッセージが書かれてある。
次々に写真やチェキ取り出し裏返してみる。
『晴慈とコロッケを食べた!昔と味が変わっていなくてなんだか懐かしかったなぁ。でも最近は病院食しか食べてなかったのに急に揚げ物を食べるのは間違えたなって思ったよ。晴慈は大丈夫だった?』
『もう、こんな写真撮ってるなんて聞いてないよ!データ貰ってびっくりしちゃった。背伸びしてたら私って意外と晴慈と身長変わらないんだね。新たな事実かも!』
『雪と椿って相性がいいね!まるで私たちみたい……なんてね(笑)。メイクがとれて寒い中待たせてごめんね。晴慈の前では普通の可愛らしい女の子で居たかったから』
最初は旅の話が前向きに、楽しそうに語られていた。
ただ、旅の後半になると内容も采音が追い詰められていたのが目に見えて分かるようになってくる。
字は弱々しく、書きかけのまま終わっているものも出てくるようになった。
『やだ、死にたくない。まだ、晴慈と一緒に色んなところに……』
僕は懐かしい気持ちから一転、徐々に暗い気持ちになる。
まるで、この一週間の采音の気持ちの変化を体験しているようだ。
辛くなって一度写真を置いてアルバムを閉じた。
いつも快活に振る舞っていた采音はこんなにも追い詰められていた。
死ぬのが怖くない高校生なんてそういない。
采音だって割り切っていたわけじゃない。そう思わされる。
采音は絶対無敵のヒーローなんかじゃないんだ。
ただのひとりの女の子。
そうして、もう一度アルバムを開き続きを見ていくといつの間にか最後のページになっていた。
最後の写真はイルミネーションで2人で撮った写真。
2人ともカメラなんて見ずにお互いを顔を赤くしながら見ている。
今見ても顔が熱くなってしまう。
『この時は正直恥ずかしかったよね。でも後悔はしてないよ!いい写真だなって思ってる。なんなら火葬してもらう時に一緒に入れてもらおうかなって思っちゃった。……このメッセージを見つけれたってことは仕掛けに気づけたんだね、晴慈。私ね、やっぱり死にたくなんてない。でも、もう私はダメだから……。だけど晴慈は違う。晴慈は生きて。明日があることを当たり前のように生きて。
ps.晴慈ったら内緒でこんな写真撮ってたんだね。私、今までで1番幸せそうな顔しちゃってるよ。いい写真をありがとう』
そこでさっき取り出した写真があった場所にもうひとつ写真がもう重なっていたことに気づいた。
そこには写真よりも一回小さいチェキが切り込みにはめられていてちょうど写真で隠されているようだった。
「これは……」
イルミネーションの時、采音が二人で撮った写真を確認してた時に内緒で撮った写真だ。
僕が持っていてもしょうがないから采音の鞄にカメラと一緒に返しといたんだっけ。
さっきのが采音が僕に送ってくれる最後の言葉だと思っていたからもう既に涙が止まらず、息も絶え絶えだ。
もう一度だけ采音の言葉が聞ける。
写真をそっと取り出し後ろを見る。
『晴慈はこれから色んなことを体験することになる。けど、大丈夫だよ。私がずっと一緒にいるからね』
「采音……。僕は……!」
心臓が一度だけ大きく音を立てた。
胸が締め付けられるように痛み、耳鳴りで頭が割れそうになる。
(なんで、今……。采音、僕もやっぱりもう無理かも……)
ナースコールのボタンに手を伸ばしてもギリギリ届かず、腕が力なく落ち、膝から崩れ落ちる。
(ごめん、采音。僕ももう、そっちに行くことに……)
ここで僕の意識は暗闇へと落ちた。
真っ赤に染まっていた椿の木は緑の葉が生い茂るただの木となり、僕は花が本当に全部散っているのか確かめるために凍てつく病院の外の世界へ踏み出した。
病院服のままで出たから非常に寒かった。
そこで、一つの椿の花を見つける。
たった一つ、生き残った花。
椿は美しいまま花が『落ちる』と言っていた。
僕は半ば無意識的にその花をそっと摘み、握りつぶした。
※
采音の葬儀が終わった。
式には親族と僕らの家族くらいしか訪れない小さな式だった。
当たり前だ。だって、僕らはほとんど病院で過ごしていて、病院の外に友達なんて居なかったんだから。高校は中退してるし。
でも、多分一番の要因は僕にある。
采音とは同じ歳で、同じ境遇で生きてきた。
それから僕らは出会い、僕は彼女の生きる理由になった。
采音は僕を笑顔にするために明るく前向きに振舞ってきたけど、それでも彼女は根っこの部分は変わらなかったのだろう。
一人が怖いくて、そのくせみんなといると異端な自分に何よりも不安なる。
だから、僕らは二人だけの世界を作った。
お互いの悩みを、不安を共有できる仲間だけの世界を。
もしかしたら采音はそんな世界に僕を一人にしないようにしてくれていたのかもしれない。
「晴慈くん、今日は来てくれてありがとう」
「おばさん……」
たった、一日ぶりに見ただけだ。
なのに、おじさんもおばさんも目に見えるほどやつれていた。
くまもできてるし目も腫れている。きっと一晩中泣いたのだろう。
「お礼を言うのは僕の方です……。采音の最期の時間を僕に譲ってくれて、本当に感謝してもしきれないです」
ありがとうございますと深々と頭を下げた。
本当はそれだけでは全然足りないと思う。
土下座でもした方がいいと思うし、いっそのこと思い切り罵倒してくれと自分勝手な事さえ思う。
「いいのよ。きっとその方があの子は幸せだと思ったからやったの。後悔はないわ」
後悔がないと言わせてしまったことに僕は心が苦しくなった。
大切な我が子の最期に立ち会えなくて後悔がないことなんてあるわけがないのに。
そう言わせてしまう自分に無性に腹が立った。
「これ、采音が晴慈君に渡してくれって」
おばさんは鞄から1冊の本を取り出した。
硬い赤色の表紙でページ数はそれほどない。
そして、もう1つ。
葬儀に使われていた遺影だ。
采音の遺影には僕が撮った写真の中から1番いい写真をおばさんに選んで貰った。
葬儀に実際に使われた写真は公園での写真。
采音の本物の笑顔が撮られた写真。
「これがあの子の本心に1番近い笑顔だと思う」
そう言ってこの写真を選んだおばさんにはさすが親と思ってしまった。
「いいんですか?!僕が持ってて?」
ただ問題なのは遺影の方だ。
遺影は通常、49日の法要が終わるまで飾るのが基本だ。
それに、遺影は僕ではなく、家族で持っていた方がいい。
この人たちにはもう十分にお世話になった。
采音が僕を変えてくれて、采音と色んなところに行かせてもらえて、最期を一緒に過ごさせてもらって。
これ以上、この人達に我慢なんてして欲しくない。
「晴慈くんも身体が悪いんだからお守りだと思ってあなさい。それに……」
おばさんはおじさんと目を合わせた少し頬を緩めた。
「あの子は私たちの中でずっと生きてるわ。だから、采音に見守られるべきはあなたよ。晴慈くん」
おばさんとおじさんは僕を抱きしめた。
暖かくて、僕を支えていた氷が溶けていくような気がして気づけば涙が出ていた。
「私達は采音と同じくらい君のことも大切に思ってる。だから、長生きしてちょうだい……」
その後、一通り泣いたあと、片付けに参加しようとしたらおばさん達に病院に返されてしまった。
僕も余命宣告された日が1週間を切った。
旅を始めた時の采音と同じ時間の余命だ。
おばさん達は僕のことも心配してくれていることが心から分かってまた泣きそうになった。
…………
静かな病院の病室帰るとどっと寂寥感に襲われた。
もう采音は居ない。
明日の予定は検査以外にないし、病院のエントランスに座って待っていても、もう誰も来てくれない。
もう写真を撮る相手もいないし、僕に運がいいねと言ってくれる人なんてもう居ない。
ファミレスで馬鹿をする友達も、手を繋いでイルミネーションを見る人も、僕にはもう居ない。
空気に耐えきれず僕は喪服も着替えずにベッドにダイブして顔を埋めた。
もう、居ないのか……。
漠然と考えていたことが現実になりやっと実感が湧いてくる。
「あ、そういえば……」
僕は鞄から1冊の赤い本を取り出す。
受け取った時には気づかなかったけど、表紙には黒のマジックで字が書かれてある。
丸くて可愛らしい采音の筆跡だ。
『晴慈へ』
ページを1枚捲ると、そこには写真とチェキが貼られ、カラーペンで可愛く飾り付けされたページが。
この赤い本は采音がいつぞやに言ってたアルバムだったのだ。
一枚一枚丁寧に捲って行く。
商店街や公園、ファミレスにイルミネーションと僕らの行った先々での写真や、病院内での写真も。
懐かしなぁ。楽しかったなぁ。
そう思う度に、目から水滴がこぼれ落ちる。
アルバムに決して落とさないように涙を拭きながらページをめくろうとするのだが遂に涙が溢れて止まらなくなってしまった。
ダムが崩壊したように涙が溢れ出て止まらない。
なんで、采音だったのか。
なんで、僕だったのか。
この不平等を受けるのはなんで僕達でないといけなかったのか。
世界に対しての怒りがふつふつと湧いてくる。
ベッドに力なく何度も何度も拳を無意味に打ちつけた。
「クソっ」
力任せに拳を振り上げた時だった。
アルバムがベッドから音を立てて落ちてしまった。
振り上げた手を下ろして慌ててアルバムを拾う。
そっと手に取り各ベージを確認する。
……大丈夫だ。どこも折れたり破れたりしてない。
安心が訪れると共に少し冷静になる。
アルバムを机に置いてやっと服を着替えようとしたその時、写真が一枚落ちていることに気づいた。
少し小さいことから一眼レフで撮った写真ではなく采音の撮ったチェキであることがわかった。
拾ってみるとそのチェキは一日目の僕らが病院を出た瞬間のチェキだ。
僕らの旅が始まった瞬間。
懐かしいな。この時は急に撮られて驚いたっけ。
感慨に老けていると、チェキの裏に何か書いてあることに気づいた。
チェキの裏には黒のペンで書かれた丸い文字が。
『今日から始まった私たちの旅!それがその第一歩。今日から色んなところに行こうね』
こんなことを思ってくれていたのか。
チェキを慈しむように見てハッとする。
このチェキはアルバムの一ページから出てきたものだ。
采音はこのチェキにだけ文字を書いていたのだろうか。
いや、もしかしたら、きっと……。
アルバムのページを捲り最初のページを見る。
写真は見開きに3枚ほど貼ってある。
だけど、その写真はいずれもノリやテープで貼られていない。
紙面に切込みが入っていてそこに写真の四隅を入れるようにして貼られていて、あえて言うなれば取り外すことを想定したような作り方になっていた。
さっきのチェキはこのページから抜け落ちたものだ。
アルバムをパラパラとめくると写真やチェキが大まかに時系列順に並んでいたことにも気づく。
震える手を伸ばして写真を一枚取る。
これは商店街に入る前に通りがかった夫婦に撮ってもらった写真だ。
『商店街に到着!前見た時よりもお店が少なくなってて少し悲しかったなぁ。でも、写真を撮ってくれた人達もいい人だったし幸先は良さそう!私たちは運がいいみたい』
やっぱり。僕の予想は当たっていた。
おそらくこのアルバムの全ての写真に采音のメッセージが書かれてある。
次々に写真やチェキ取り出し裏返してみる。
『晴慈とコロッケを食べた!昔と味が変わっていなくてなんだか懐かしかったなぁ。でも最近は病院食しか食べてなかったのに急に揚げ物を食べるのは間違えたなって思ったよ。晴慈は大丈夫だった?』
『もう、こんな写真撮ってるなんて聞いてないよ!データ貰ってびっくりしちゃった。背伸びしてたら私って意外と晴慈と身長変わらないんだね。新たな事実かも!』
『雪と椿って相性がいいね!まるで私たちみたい……なんてね(笑)。メイクがとれて寒い中待たせてごめんね。晴慈の前では普通の可愛らしい女の子で居たかったから』
最初は旅の話が前向きに、楽しそうに語られていた。
ただ、旅の後半になると内容も采音が追い詰められていたのが目に見えて分かるようになってくる。
字は弱々しく、書きかけのまま終わっているものも出てくるようになった。
『やだ、死にたくない。まだ、晴慈と一緒に色んなところに……』
僕は懐かしい気持ちから一転、徐々に暗い気持ちになる。
まるで、この一週間の采音の気持ちの変化を体験しているようだ。
辛くなって一度写真を置いてアルバムを閉じた。
いつも快活に振る舞っていた采音はこんなにも追い詰められていた。
死ぬのが怖くない高校生なんてそういない。
采音だって割り切っていたわけじゃない。そう思わされる。
采音は絶対無敵のヒーローなんかじゃないんだ。
ただのひとりの女の子。
そうして、もう一度アルバムを開き続きを見ていくといつの間にか最後のページになっていた。
最後の写真はイルミネーションで2人で撮った写真。
2人ともカメラなんて見ずにお互いを顔を赤くしながら見ている。
今見ても顔が熱くなってしまう。
『この時は正直恥ずかしかったよね。でも後悔はしてないよ!いい写真だなって思ってる。なんなら火葬してもらう時に一緒に入れてもらおうかなって思っちゃった。……このメッセージを見つけれたってことは仕掛けに気づけたんだね、晴慈。私ね、やっぱり死にたくなんてない。でも、もう私はダメだから……。だけど晴慈は違う。晴慈は生きて。明日があることを当たり前のように生きて。
ps.晴慈ったら内緒でこんな写真撮ってたんだね。私、今までで1番幸せそうな顔しちゃってるよ。いい写真をありがとう』
そこでさっき取り出した写真があった場所にもうひとつ写真がもう重なっていたことに気づいた。
そこには写真よりも一回小さいチェキが切り込みにはめられていてちょうど写真で隠されているようだった。
「これは……」
イルミネーションの時、采音が二人で撮った写真を確認してた時に内緒で撮った写真だ。
僕が持っていてもしょうがないから采音の鞄にカメラと一緒に返しといたんだっけ。
さっきのが采音が僕に送ってくれる最後の言葉だと思っていたからもう既に涙が止まらず、息も絶え絶えだ。
もう一度だけ采音の言葉が聞ける。
写真をそっと取り出し後ろを見る。
『晴慈はこれから色んなことを体験することになる。けど、大丈夫だよ。私がずっと一緒にいるからね』
「采音……。僕は……!」
心臓が一度だけ大きく音を立てた。
胸が締め付けられるように痛み、耳鳴りで頭が割れそうになる。
(なんで、今……。采音、僕もやっぱりもう無理かも……)
ナースコールのボタンに手を伸ばしてもギリギリ届かず、腕が力なく落ち、膝から崩れ落ちる。
(ごめん、采音。僕ももう、そっちに行くことに……)
ここで僕の意識は暗闇へと落ちた。