俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 布巾で指先を拭って別の手紙を手に取った苅谷は、顔を顰める柳生に向かって、「細かい番地なんて、特に問題はないと思うけどねぇ」と続けた。

「僕からのアドバイスとしては、まずは『返事を書いて送ってみること』だよ」
「…………まぁ、他に打つ手もないしな」

 柳生は渋々、その案を受け入れることにした。苅谷は決して安易な考えを口にしない男であると知っていたので、きっと彼なりに何か考えがあるのだろうと思った。
 苅谷は二口目のスコーンを堪能しつつ、手紙の束へと目をやった。

「これは僕の個人的な意見――というよりは、率直な感想なんだけどね。悪い感情を持って書かれている手紙とは思えないんだよ」
「どういうことだ?」

 尋ね返してみると、刈谷は確信めいた含んだ笑みを浮かべて「直感」とにべもなく言う。

「僕は探偵ではないのだから、読者が期待するような謎解きなんてものはしてやれないよ。率直な感想を述べたてみただけさ」
「素性も分からない相手に手紙を返すんだぞ、一体何を書けばいいのかも分からんというのに……」
「全く君は立派な作家だろうに、どうして手紙の演出くらいで悩むんだい? その手紙の送り主に、単刀直入に訊いたらいいじゃないか。『二人が死んでいることを俺は知っている。お前は誰だ』ってね」
「それこそ、傍迷惑な推理小説の探偵と語り部Aじゃないか?」
「むしろサスペンス小説の方かな、とも思うけれどね」

 上手く言い返された柳生が、数秒の間を置いて遠慮がちに「他に書けそうな文章はないのか……?」と訊くと、苅谷はスコーンを手に取って「本職(ものかき)なんだから、あとは自分で考えなさい」とやんわり断った。