俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 謎だろう? 

 つい柳生が自嘲気味に笑うと、途端に苅谷が「こら、そんな顔をするものじゃないよ」と困ったように笑って優しく窘めた。

 柳生は上下関係を重んじる男であるが、苅谷の自信に満ち溢れる立ち居振る舞いが、その男にそういった態度のすべてを許させているところもあった。出会った当時、「『柳生君』と呼んで構わないかな」ときらきらした目で尋ねられた時には面食らったが、今ではすっかり慣れたものである。

 苅谷はスコーンを手前に引き寄せ、「そうだねぇ」と穏やかな思案の目をそこに落とした。細い指先がスコーンを割り、一口サイズになったそれが、彼の形のいい唇の向こうへ収まる様子を柳生は見守った。

 丁寧にも思える長い咀嚼のあと、苅谷は珈琲を少し口にして、こう言った。

「二つのうち、記載のある方の住所へ返事を書いてみてはどうだろう?」
「番地の詳細はないのにか? それに、デタラメな住所だったらどうする」
「その時はその時で、宛先不明で返って来るんじゃない?」

 苅谷は悠長に述べた。返事が向こうへ届くと、信じて疑っていないような口ぶりにも聞こえる。