俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 出来れば、彼女の母親の方が電話に出てくれれば有り難い。父親は寡黙で気難しい人間で、結婚の際も離婚の際もジロリと睨まれ、手短な説教と確認事項で会話が終了したのだ。父親の方が出てしまう事を考えると、どの時間が一番失礼がないだろうかと思案してしまう。

 まずは珈琲を淹れよう。

 それからタイミングを見て、電話をかければいい。

 勇気がないわけではないと自分に言い訳して、柳生は理由を作って重い腰を上げた。けれど新しい珈琲豆の袋を開けた時、玄関の呼び鈴が響き渡った。

 こんな中途半端な時間に一体誰だろうか、と心当たりのない突然の訪問を思っていると、瞬きをする間もなく呼び鈴が立て続けに鳴らされた。その時点で、既に思いあたる人間は一人しかいなかった。

「せんせーッ、先生、僕ですよ岡村です~! せんせー、ケーキを一緒にたべましょうよ~!」

 そういえば数時間前に電話で、人気のケーキがどうのと岡村が言っていたことを思い出した。