俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 柳生は、もうどのくらい手を触れていなかったかも分からない、その引き出しの整理をその場の勢いで始めた。目的のノートを探しつつも、市指定のゴミ袋を脇に置いて引き出しの中身を床にぶちまけ、まずは不要な物を次から次へと入れていった。

 ゴミ袋の中がある程度膨らんだ頃、終わりの見えない紙の山を改めて眺めると嫌気が差したが、他にやる者もいないので渋々作業を続けた。

 首を傾げる分類物も多かった。見覚えのない名刺や、どこの保証書だか見当もつかない黄ばんだ冊子。古い年賀状等はどうすればいいのか迷ったが、思い出として残していても使用することはないだろうと判断し、それらは結局、すべて燃えるゴミの袋へと入れられた。

 ゴミ袋が立派な形に膨れた頃、過去の時代に忘れ去られた紙類の山から、古びた大学ノートがようやく出てきた。何度も開かれた形跡があり、表紙の一部は紙が剥げていた。

 パラパラとめくってみると、堅苦しくてちっとも面白味のない右曲がりの自分の字と、真っ直ぐ丁寧に、そして遠慮がちに空白を残した妻の字が目に留まった。

 大学ノートの一ページから、二つの種類の字によって一つのオリジナルの電話帳として出来上がっていた。妻は名前と電話番号以外にも、彼が見てすぐに分かるようにと、どこの誰であるのかもメモをしてあった。

 PTAの関係で親しくなった茶飲み友達、学校の先生、妻方の遠い親戚やその兄弟、いつもお世話になっていた魚屋や肉屋……それは途中でプツリと切れると、何も書かれていないページが続いた。寂しげに罫線だけを連ねているノートの残りに、彼は気付かない振りをしてノートを冒頭頁に戻した。