俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 しかも、そのやりとりをしている相手は自分であるのだ。悪寒と嫌悪と恐怖に駆られて、電話を切らない人間がどこにいるだろうか?

 これでは仕事に身も入らないと思った柳生は、諦めて一旦仕事から離れ、先日から気になって仕方なかったことについて行動を起こすことにした。十年ぶりに元妻の実家へ、連絡を取ってみようと計画していたのだ。


 固定電話機の置かれた台の、全く整理のされていない一番下の引き出しにしまった、電話番号が記載されたノートを探すことから始めてみた。そこを開けるのは、実に久しぶりである。

 引き出しの中には、レシートや意味のない走り書きのメモ用紙、利用されることもなかったクーポン券が、離婚時と同じ状況で乱雑して重なり合っていた。紙切れはすっかり黄ばんでインクが薄れて、黴と湿気の独特な匂いを染み込ませていた。


 思えばこの引き出しは、当初から使用の目的を決めていない場所だった。不要になったレシートを放り込んだり、捨てるには惜しいが持ち歩く必要は感じなかった会社の名刺、家電製品の保証書や説明書、時々利用する宅配サービスのチラシだったり、いつか使う必要があるかもしれない水道修理の案内書や防災案内のパンフレットも入れていた。