俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 葡萄をかざし見た時、柳生はその葡萄の鮮やかさに、不意に娘からの手紙が脳裏を過ぎった。岡村が雑誌に掲載する写真を撮っている間に、葡萄園の主人にそれとなく尋ねてみた。

「う~む。この辺にも農家は結構ありますから、一概に葡萄と言われましてもねぇ……」

 葡萄園の主人は、実に困ったような顔をした。他に何か情報はないのかと尋ね返してくる。

 娘からの手紙は旧姓で名前が書かれていて、柳生は彼女の新しい名字は知らないでいた。短い手紙の内容から、娘には子供が生まれていて、面倒を見ながら農作業を楽しんでいるという情報しか持っていない。

 思い返せば、手紙には『いらっしゃってください』だとか『機会があれば訪ねてください』というようなキーワードは一度も記されておらず、農園が特定されるような情報も盛り込んではいなくて――。

 そこまで考えた柳生は、恐らく娘だって、きっと離婚した父親に会いたいとは思っていないのだろうと思った。

 手紙の受理印で土地は分かっているから、暮らしているのは確かなのだろう。妻の方は住所さえ記していないが、おかげでこの隣の県であるというおおまかな情報は知っている。

 自分は一体何を考えていたのか。もう一度会おうだとか、手紙の返事だってするつもりもないくせに、この期に及んで孫の顔でも拝むつもりでいるのか?