俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 山形県は果物の栽培が盛んで、日本国内でもその出荷数は上位だ。四季が豊富な土地には緑が多くあり、気候も穏やかで人柄も暖かい。
 レンタカーを借りて農村地帯に入るまでに、何度か運転手の岡村が道を間違え、そのたび地元の人間に道を尋ねることになってしまったのだが、皆親切に教えてくれた。農村地域に入ると、清浄な空気の匂いが鼻腔に心地良かった。

 風は少し吹いており、天気はすこぶる良い。日差しは暑過ぎるくらいだったので、車内にはずっと冷房がかけられていた。

 しかし、そんな中、助手席で窓を開ける柳生に向かって、岡村が「先生、冷気が逃げちゃいますよぉ」と情けない声を出した。柳生はそんな彼をじろりと睨みつけた。

「冷房が強すぎると、一体何度言えば分かるんだ」
「え~、そんなことないですよ~。これくらいじゃないと、汗がもう止まんなくって大変」
「せっかくここまで来たのだから、美味い空気を吸おうとは思わんのか? 風はまだ涼しい方だ。ほら、あの鳥だって、いかにも涼しげに空を飛んでいるじゃないか」
「ちっとも思いませんね、空気を吸っても腹は膨れませんもの」

 岡村は口を尖らせた。ケーキやアイスクリームでも腹は膨れんと思うぞ、という返しの指摘については、これまでに何十回と繰り返されていたやりとりだったので、柳生はなんだか馬鹿らしくなって「もういい」と自ら会話を打ち切った。