俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 結婚しよう。――そう言ったのは柳生だった。祖父の一回忌が終わった後、立ち寄った港で、彼女にそう告白したのだ。

 彼女が驚いた顔で振り返り、それから仏頂面の彼に微笑みかけた。

 彼女は、嬉しい、といって泣きながら笑った。柳生は「そうか」と頷いて海を見た。黄昏に染まる港が物寂しげに静まり返っているように感じたのは、自分が一人の人間の喪失を、はっきりと実感してしまったからだろうと分かった。
 
 彼にとっても彼女の祖父の死は、『彼女のおじいちゃん』として大事に思い始めていた矢先の死に別れだった。結婚したら、彼女を通して家族になれるのだろう、とずっと思っていた。

 水崎は、ぽつりぽつりと話し続けていた。柳生は「うむ」と相槌を打ちながら、脳裏に思い起こす記憶に耽った。籍を入れて後しばらくは、お互い時間が作ることが出来ていたから、妻が希望すれば例の港へ車を回したものだと思い返した。

 彼女はあの頃、いつもの場所から海の方を眺めていた。

 出ていく船と、帰ってくる船を目で追いながら、まるで帰って来ることもない祖父の漁船を待つかのように、ずっと佇んでいたのだった。