俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 最後に酒を飲んだのが随分昔であるという感覚は、ただの錯覚だ。自分はいつでも気ままに飲んでいる身じゃないかと、そう思い出しながら水で喉を潤した。


 ラジオから流れる曲は、いつのまにか別のジャンル曲へと切り替わっていた。少し懐かしい曲ではあるものの、柳生があまり聞かなかったヒットソングだった。

 確か、娘が中学に上がったばかりの頃に聞いた曲だったかな、と記憶をぼんやり手繰り寄せる。どこかの青年が港に思いを馳せて歌った、あの年頃にして妙にしんみりと、そして物寂しげに落ち着いた曲調は今でも印象的で覚えていた。

 その時、コップの中で氷が転がる音がして、柳生は音の方へ目を向けた。テーブルに置いたグラス周りの水を、水崎が意味もなく指でつついている。

「僕が幼い頃、住んでいた家の近くには港があったんです」

 ラジオから流れる歌を聞きながら、水崎が不意に話し始めた。

「港は少し寂れていて、砂利の駐車場には所々雑草が生えていました。船上げ場には、動かなくなってしまって随分と経つような小型船があって、港にはいつも四隻ほどの小さな漁船が浮いていました。大抵、父はそこにいる友人を訪ねながら、僕を連れてゆっくりと港の中を歩きました。時々立ち止まり、時には潮風に耳を澄ませながら、二人でよく海を眺めたりしました」