各文学雑誌も、連載物が完結を迎えてからは、一つも手をつけていなかった。書きませんか、と誘われることの大切さはよく知っていたが、選考時期に多忙を極める彼が申し訳なさと疲労を苦笑に滲ませると、大抵の出版社は事情を勝手に想像して「すみません」と謝った。

 彼はしばらく、傾いた午後の陽を遮る出版社の建物を眺めた。背景を塗り潰す青は、溶かした水性の塗料を吹き掛けられたように広がっている。黄昏へと近づく日差しは侘しく、建物の風化した色合いが、やけに印象的に浮かび上がって見えた。

 彼にとってこの出版社は、他にも付き合いがある余所(よそ)の出版社と違い、現在もその社にいるメンバーのほぼ全員と一緒になって、一昔前がむしゃらに夢を追い、共に走り続けた人間だということだろうか。まるで学友か冒険仲間のように、馬鹿みたいに笑い合った時代を共有していた。

 あの頃の熱い感情のすべてが、幻のように脳裏を通り過ぎていって、彼は途端に自分の想像力に嫌気がさした。

 過去なんてものは、ひどく現実味がない。無意識のうちに曖昧な過去の記録が、鮮明で都合のいいフィクションで彩られる前に、彼はいつも自分を現在に呼び戻さなければならなかった。