俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 店主の話を聞きながら、柳生は若い時分を思い出した。

 大学時代、借りていたアパートの近くに安い食事屋があり、そこには随分と助けられたものだった。大学の費用は思った以上にかかっていたから、少ない小銭でたくさん食べられるメシは、育ち盛りの男達には有り難かったことを覚えている。

「ファミリーレストランや、小奇麗な喫茶店も多いからな」

 柳生がラーメンをすすりつつ相槌を打つと、店主は「そうだろう」と頷き返した。

「この辺に店を構えていた奴らは、みんな引退したか余所(よそ)に移っていったよ。寂しいねぇ」

 時代は刻一刻と変わり、あっという間に過ぎ去ってしまう。いつの間にか移ろっていく時の流れを、そう言う風に捉えることもあるのかと、柳生は店主の口にした『寂しい』について少し考えてしまった。

 食べ終わると腹は重く膨らんだが、食べた後にいつもなるような不快さはなかった。食後の気だるい穏やかな満足さが、全身を暖かく包み込んでいるだけだ。