俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 俺に、大事だと思えるような兄弟や家族がいれば、そう感じることもあったのかもしれないが……とは思う。数々の名曲が生まれた時代、柳生は街角に溢れる音楽に耳を傾け、そう考えながら小説を書きあげていった人間だった。

 他に客が来る気配もないまま、柳生の前に冷ややっこのつまみとラーメンが並んだ。香辛料のきいた味噌ラーメンは、出汁(だし)も濃厚で非常に美味だった。

 とはいえ柳生は、隣に腰かけている水崎のことが気になっていた。水崎は先程からずっと、チャーハンをレンゲの先でつつく作業を続けていたのだ。残り少量を完全に平たくされたチャーハンは、お子様メニューの新たな商品か何かに見えた。

「……食べないのか?」

 つい、声を掛けた。
 すると水崎は、今気付いたと言わんばかりの顔を柳生に向けて、それから手元のチャーハンを確かめ、二、三度瞬きを繰り返した。

「あれ? 平たくなってる」
「お前が自分でやったんだよ」

 店主が間髪入れず指摘した。しかし、水崎は聞こえていなかったのか、チャーハンを食べ始めた。