一番無難なつまみを頼んだつもりだったが、妙な気恥ずかしさが込み上げて声が小さくなった。店主は気にした様子もなく「あぃよ」と気さくなに応え、まずはお冷(ひや)を注いだコップを彼の前に置いて、早速作業に取り掛かった。
待ち時間を持て余した柳生は、水を口にしつつ改めて店内の様子を窺った。店内にはラジオが流れていて、それは懐かしい音楽を紹介する番組だった。リスナーからの便りが読み上げられた後、油で黄ばんだスピーカーから昭和の名曲がかかり始める。
あれは名曲であったと、ラジオを聞いている昭和の男達は思うことだろう。柳生もその一人として、歌に思いを馳せて当時を振り返った。
あれは最後に誰もが涙し、同じ想いを胸にテレビ画面を見入った素晴らしい時間だった。今の若い世代は知らないだろうが、あの頃は、すべての男達が同じ女性に恋い焦がれていたのだ。
そんな歌手であった彼女の人生に、たった一人の男が現れた時、彼女の多くのファンが涙を浮かべて「幸せになってほしい」と感じた気持ちを、顔も知らぬ多くの人間と共有したあの時間は、柳生にとって特別な経験だった。
待ち時間を持て余した柳生は、水を口にしつつ改めて店内の様子を窺った。店内にはラジオが流れていて、それは懐かしい音楽を紹介する番組だった。リスナーからの便りが読み上げられた後、油で黄ばんだスピーカーから昭和の名曲がかかり始める。
あれは名曲であったと、ラジオを聞いている昭和の男達は思うことだろう。柳生もその一人として、歌に思いを馳せて当時を振り返った。
あれは最後に誰もが涙し、同じ想いを胸にテレビ画面を見入った素晴らしい時間だった。今の若い世代は知らないだろうが、あの頃は、すべての男達が同じ女性に恋い焦がれていたのだ。
そんな歌手であった彼女の人生に、たった一人の男が現れた時、彼女の多くのファンが涙を浮かべて「幸せになってほしい」と感じた気持ちを、顔も知らぬ多くの人間と共有したあの時間は、柳生にとって特別な経験だった。


