俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 ホラーは得意としていないが、そういった内容は確かに面白くもあり、柳生の頭にもいくつか題材が浮かんでいた。特にその分野の小説家とは長い付き合いもあるため、酒の席で聞かされた興味本位の話題の一部をピックアップし、調べれば随筆の一本くらいはすぐに書けそうな気もした。

 執筆する場合の詳細についても話し合った結果、帰路についたのは午後の八時をだいぶ回った頃だった。蒸し暑さと熱気が残る夜道を、多くの通行人が行き来する中を黙々と歩いた。テイッシュを配る若い女性や、女性客を呼び込もうとする男性に呼びとめられる者を横目に、歩き慣れた通りを足早に進んだ。

 はじめは気分でもなかったが、柳生の足は自然と例のラーメン屋に向かっていた。裏道は寂しいほど人気がなく、表通りの喧騒がぼんやりと響いてくるばかりで、彼が歩いている間に車は一台も通らなかった。電信柱の間に座っていた猫が、眠たげな鳴き声を一つ上げたのを耳にした。