俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

「あなたって、いつも必ずどこかで読書をしているの?」
「気分にもよるな。本を借りた時は面倒だから図書室。普段は持ち歩いているから、休憩が


 恋と嫉妬と、憎しみと戦争のリアルな時代背景が濃厚なその名作文学達は、全巻を読むまでに相当の時間を要するものもあった。学生でも読破している人間は珍しい。
 だから、ふと、その膨大な時間を読書に費やした女が気になった。柳生は、視界の端に映る髪にチラリと目を向けた。

「本が好きなのか」

 尋ねると、女がコクリと頷き返したのか、視界の端に映る髪先が揺れた。

「しかし俺が紹介出来るのは、難しいやつばかりだから他をあたれ。――生憎、俺は面白い話が出来る男ではないし、する気もない」
「そうなんじゃないかとは思っていたわ」

 彼女の、諦め笑顔のような声が耳に降り注いだ。けれど彼女は立ち上がる素振りを見せず、「でもね、そうじゃないのよ」とこう続けた。

「紹介したい本があるの。だから少し、私の話を聞いてくれる?」