俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

てら横になって読むこともある」
「今がそうなのね」

 ようやく少し謎が解けたというように、女が相槌を打った。

「今がそうなんだ」

 解かったならとっとと何処かへ行けという思いを込めて、彼は語尾をやや強くしてそう答えた。春先の柔らかい風が吹いて、二人の頭上にある桜の青葉が葉音を立てる。
 鳥の囀りと、構内のどこかでまた凝りもせず男子学生が大笑いする声が聞こえてきていた。講堂に向かう教授の革靴の、あのやけに耳につくカツカツとした音まで遠くから響いてくる。

 耳元で、カサリ、と芝生が踏まれる音がした。勝手に腰を降ろしていた女が、こちらに身体を向けたようだと、その長い髪が視界の端に映り込んで分かった。

「あなた、難しい本を読むのね」
「だったらなんだというんだ」
「素晴らしい本は他にもたくさんあるのではないかしらと、そう思っただけよ」
「そんなことは知っている」

 柳生は嫌悪感を滲ませて答えたのだが、彼女は気にする様子もなく、いくつかの古い海外文学の名作を上げた。彼はどれも読んだことがあったので、「それくらいは知っている」と答えた。