俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 それを見たアルバイト君が、顔を引き攣らせて水崎に声を掛けた。

「…………先輩、店長の話、ちゃんと聞いてました?」
「うん。今回の企画には、塙(はなわ)古書店と地元の作家さんの協力もあるから、とても充実した濃いイベントになると思うんだ。僕は、当日が待ち遠しくて仕方がないよ」

 水崎は、優しい深みのある声を響かせて、実に楽しげに語った。彼の瞳はきらきらと輝き、どこまでも純粋な子供心を思わせた。つまり、彼が噛み合わない会話に一つの疑問も覚えていないということも、誰の目にも明らかだった。

 店主が黙ったまま作業に戻り、手元を動かし始めた。どうやら喋るのは自分の役目のようだと、上司と先輩に挟まれた中でそう感じ取ったらしいアルバイト君が、「えっと」と少し目を泳がせつつ話を繋ぐ。

「そういえば先輩って、そのイベントを毎年楽しみにしていましたもんね。本を選ぶのに、いつも苦労してましたっけ。今回は、もう推薦する本は決まったんですか?」
「すっかり決まっているよ」

 水崎が古風な感じで答えた。隣の椅子の上に置いていたリュックサックを引き寄せると、中に手を入れて一冊の本を取り出した。彼はそれを、大事そうにカウンターの上に置きながらこう言った。