俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 店内の様子をざっと見たところで、頭に白いタオルを巻いた店主らしき六十代ほどの男が、「いらっしゃい」と愛想良く声をかけてきた。

 柳生は、勝手知ったる場所ではないこともあって、つい眉を寄せて「おすすめのメニューはなんだろうか」と愛想のない声で尋ねてしまった。昔から不機嫌な男だと誤解されてしまうので、改善すべきだとは分かっていたが、こればかりは癖みたいなものなのでどうしようもなかった。

 キッチン側で大鍋を洗っていた若い男が、手をとめてチラリと柳生を見た。カウンター席についていた青年も、餃子を一つ口に頬張りつつきょとんとした顔を向ける。
 店主が、数秒ほど考えてこう答えた。

「う~ん、そうだねぇ。ネギ塩ラーメンか、餃子セットで600円のしょうゆラーメンがウチでは人気かな」
「ならば、セットの方を頂こう」

 店主は皺の目立つ細い顔をほころばせると、細い目にもいっぱいの笑みを浮かべて「まいど」と言った。柳生が畳み席の奥に腰かけてすぐ、大鍋を洗っていたアルバイトらしき青年が、水の入ったコップをテーブルへと持って来た。彼の頭に巻かれた黒いタオルは、汗ですっかり濡れていた。