大人になってから長い年月を過ごし、それが叶わぬと知った時、ならば働き盛りを辛抱強く耐え忍べば、平穏がこの胸を満たすだろうと推測して期待した。

 しかし、残念ながらその的はすべて外れた。

 年々刻まれ続けた眉間の深い皺は、もうどんな苦労を払っても拭い取ることはできない。人生に対する彼の性質を象徴するかのような、その堅苦しく険しい仏頂面に無理を強いてニッコリ微笑ませてしまうと、そこにはホラーという気迫が嫌でもついてくるだろう。

 しばらく建物の正面玄関の影に佇んでいると、外からやってきた付き合いの長い女編集長が、気さくなに手を上げて歩み寄って来た。

 どうやら、彼女は今が戻りだったらしい。四十も半ばを過ぎており、けれど昔と変わらず女だとか男だとかに拘(こだわ)らない中立的な性格をしていて、人付き合いの苦手な彼の緊張を和らげてくれる相手だった。

「先生、頑張ってます? ねぇ今度ウチで、作家としてデビューしてからの自伝でも出してみない?」

 彼女はガラス扉の前で立ち止まり、そう言った。悪戯心が宿った、相変わらずぎらぎらとした若々しい眼をしている。