俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 開かれた入口から店内に足を踏み入れてみると、餃子が焼けた匂いと、ラーメン屋独特のスープの湯気の香りが食欲をそそった。とはいえ、初めての店ではあるので、見知らぬ家にお邪魔する心地ではあったが。

 店内は、外観の予想を裏切らず狭かった。小さなカウンター席には丸い固定椅子が並んでおり、他は狭い廊下を挟んで四つのテーブルが置かれたの畳み間の席があるばかりだ。畳みはやけに色が濃く、テーブルは浅黒く焦げた大きめのちゃぶ台を思わせた。

 カウンターの内側には、浅黒い肌をした六十代手前ほどの店主らしき男が一人いた。その隣には、狭いキッチン内で玉の汗を時折拭いながら、大鍋を洗う若い男の姿がある。

 そんなカウンターの客側の席には、柄もない質素なシャツに、これまた特徴のないズボン姿の青年が一人いた。店内にいる客は彼一人だけで、彼の前には空になったラーメンの器と食べかけの餃子の皿、氷水の入ったコップが置かれていた。