俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 通行人が連れを伴っている様子も多い中で、自分が一人きりで歩いているという寂しさは感じなかった。見覚えのあるような暖簾や提灯、古いピンク色の看板灯が目に馴染んで懐かしさを覚える。

 柳生は、店並びの続く細い道をのんびりと歩き進んだ。看板の多い一帯を抜けたところで、何やら一際美味そうな匂いが彼の鼻をついて、そちらへと目を向けた。

 静まり返った薄暗い建物の間に、こじんまりとした一軒のラーメン店があった。古びた両隣りの店はシャッターが降りてしまっている中、その店はひっそりと光りを灯していた。

 ふと、自分が夕刻前にサンドイッチを食べたきり、『誰かさん』のおかげですっかり食欲を失ってしまっていたことを思い出した。目立たないラーメン屋の看板と、そこからもれる豆電球のような懐かしい色合いの光りに誘われて、つい足を向けていた。

 近づいてみると、古い二階立ての鉄筋コンクリートは、思った以上にこじんまりとしていて、開きっぱなしの扉上部にある暖簾も、すっかり色褪せて擦り切れていた。そこにある店の名前も、うまく読み取れないほどだった。