俺の名前を呼んでくれたのは、君くらいなものだった

 次回の雑誌に掲載する特集ページの打ち合わせは、例の漫画喫茶から徒歩二十分の距離にある、カフェの表側のテラス席で行われた。

 外席であるため、どうしても車道からの騒音は防ぎようがなかったものの、店内すべてが禁煙となっていたため、煙草を愛用している柳生にはその方が耐えられなかったのだ。
 柳生もその店の珈琲の味は気に入っていたし、対する岡村の目当ては、店内のショーケースに並ぶケーキや菓子を口にすることだった。両者の好みと都合が部分的に奇跡的な一致を見せた結果、そこが打ち合わせ場所となったのである。

 難しいことはもっぱら無理だと自分で宣言した編集者、岡村が抱えている特集ページの目玉は、その地域の暮らしや特産品をアピールし、ドライブがてら寄れる食事処を紹介することである。地域性があり、そして何より食欲をそそるテーマが読者にも好評だった。

 話し合いの間中、岡村は何度も席を離れては、ケーキを購入して戻って来た。途中、パーカーの肘袖あたりがベタベタとすることにようやく気づき、手拭きでごしごしと拭っていた。