あの頃、妻と見た東京タワーは壮観で美しかった。真っ昼間だというのに、ここには恋人達の姿が絶えなかったのを覚えている。皆、自分の世界に夢中だったのだ。
若い彼が恋人達を一瞥していると、妻が可笑しそうに笑って「さっきまで、あなたもそうだったじゃない」とし指摘した。――その時の柔らかなキスの味は、もう覚えていない。
熱気を孕んだ風が柳生の頬を打った。思い出した鮮明な過去は途端に風となって、遠くの向こうへと飛ばされていく。
あの時、お腹にいた娘が生まれてからの長い年月が、吹き抜けた風と共に脳裏を駆け巡った。家を出ていった日に見た、苛立ちと静かな怒りを宿した妻の非難の目を思い出して、そっと目を閉じた。
今更、彼女を深く愛しているということに気付いても、もう遅いのだ。彼が失望させ、そして不幸にしてしまったから。
そっと目を開けて、柳生は腕時計に目を向けた。いくらか時は進んだが、待ち合わせの時刻までは、まだ時間があった。手紙の差し出し人が本当に来るのか保証はなかったが、あの手紙の内容のすべてが嘘だとも思えなかった。
若い彼が恋人達を一瞥していると、妻が可笑しそうに笑って「さっきまで、あなたもそうだったじゃない」とし指摘した。――その時の柔らかなキスの味は、もう覚えていない。
熱気を孕んだ風が柳生の頬を打った。思い出した鮮明な過去は途端に風となって、遠くの向こうへと飛ばされていく。
あの時、お腹にいた娘が生まれてからの長い年月が、吹き抜けた風と共に脳裏を駆け巡った。家を出ていった日に見た、苛立ちと静かな怒りを宿した妻の非難の目を思い出して、そっと目を閉じた。
今更、彼女を深く愛しているということに気付いても、もう遅いのだ。彼が失望させ、そして不幸にしてしまったから。
そっと目を開けて、柳生は腕時計に目を向けた。いくらか時は進んだが、待ち合わせの時刻までは、まだ時間があった。手紙の差し出し人が本当に来るのか保証はなかったが、あの手紙の内容のすべてが嘘だとも思えなかった。


